2017年09月20日

フランスを巡って 37: モンサンミッシェル 3

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今日は、メインストリートと修道院の入場までを紹介します。


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< 2. 今回紹介する徒歩ルート >

Sの王の門からスタートし、メインストリートのグランド・リュを進み、Eの修道院の内部に入るまでを赤線で示します。



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< 3. 王の門 >

上と左下のの写真: 王の門
右下の写真: 王の門をくぐって、通りを進む。


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< 4. 賑やかなグランド・リュ >

狭い坂道と階段は観光客で一杯でした。
左右には土産物屋や飲食店がひしめいていた。




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< 5.サン・ピエール教会 >

左上の写真: サン・ピエール教会。
階段の途中、商店が途切れた時、左手に小さな教会が見えた。
教会の入口にジャンヌ・ダルクの像が見える。

ジャンヌ・ダルクは英仏の百年戦争の時、モンサンミッシェルを目指したことがあったが、結局来ていなかったはずです。
この像は、彼女が聖ミカエルのお告げを聞いて、初めてフランス王の為に立ち上がることを決意したことに由来するらしい。


右上の写真: この階段の突き当りで通りは終わり、左に曲がると修道院が見える。撮影場所の左手がサン・ピエール教会です。

下の写真: 教会の前は小休止するには良い場所で、私達が行くと、写真の少年たちが声をかけて来ました。

彼らは「ジャパン! ジャパン!」と尋ねました。
「イエス、イエス」と答えると、彼らは嬉しそうに「ナルト! ナルト!」と連呼しました。

日本のアニメの威力は凄いです。
彼らはオランダから来たらしい。







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< 6. 修道院が聳える >

階段を上り切ると、直立する修道院が聳えていた。
下の写真: 来た道を振り替えった所。




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< 7. いよいよ修道院へ >




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< 8. 修道院に沿ってさらに階段を上る >



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< 9. さらに階段を上る >



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< 10. 階段を上り切った所で >

見上げると、金色の聖ミカエルの像が青空に輝いていた。




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< 11. テラスから見下ろす >

ここは高度80mぐらいになります。

中世、この険しい岩山の上に、かくも壮大でそそり立つ教会を建てたものだと驚嘆した。
当時、ここには人々の篤い信仰と高度な建築技術があった。



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< 12. いよいよ入場します >


次回に続きます。


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2017年09月16日

何か変ですよ 71: 日本の問題、世界の問題 7: 人はなぜ気が付かないのか?

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これまで、世界を覆っている混迷と波乱の予兆を経済問題を中心に見て来ました。
今回は、なぜ国民がこの濁流に流され続けても平気なのかを考察します。



第一章 はじめに
身近な人に、「世の中はどうですか?」と聞けば、多くは怪訝な顔をし、せいぜい「景気は良くならないですね」と答えるぐらいでしょう。
また「将来、不安ですよね」と聞くと、「そうですね」と答えるぐらいです。

さらに「このままでは行けないですよね」と投げかえると、ほとんどの人は逆に「日本ほど素晴らしい国はない」と答え、暗に政策転換を否定することになる。

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< 2. 主要国の失業率の推移 >

灰色枠は米国の景気後退期(バブル崩壊)を示し、これでせっかく の金融緩和で稼いだ失業率低下を毎回帳消しにしている。
このグラフでは分からないが、この繰り返される大幅な金融緩和で 累積債務(将来世代への借金)は各国で史上最大になった。




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< 3. 日本の相対貧困率 >

簡単に言えば、所得格差の拡大が未来を担う子供を窮地に追い込ん でいる。



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< 4. 主要国の貧困率 >

ここで重要な事は、日本が米国の政策に追従している内に、貧困率 は先進国でもトップに近づきあることです。
さらに日本に特徴的なことは、片親家庭(おそらく母子家庭)の貧 困率が群を抜いていることです。
これは男女の賃金差と福祉政策の拙さに起因している。


日本と米国だけでなく他の先進国も押しなべて、失業率の乱高下、高まる貧困化率、繰り返す金融危機、巨大化する累積債務など、経済の悪化が続き、鬱積した不満と苛立ちは移民排斥や人種差別、右翼化などに結び付き、社会はきな臭くなっている。

多くの国民は、この悪化状況が今後、改善されると期待しているのだろうか?
この状況は一時的なもので、米国流の政策を真似ていれば解決すると思っているのだろうか?
それとも、先のことは考えたくないだけなのか?

今まで述べて来たように、現状の悪化は高々1980代から始まった先進国の政策「自由放任主義によるグローバル化」が引き起こしたものです。
そうであるならば、この政策を反転させない限り、世界はさらに混迷を深めることになる。

国民はなぜこのことに違和感を持たないのかを考察します。


第二章 疑念を抱かない不思議
昔では考えられなかった事だが、私達の子供世代(30代)の大半は非正規で働いてる。
このことを同世代の親に問うても、すべての答えは「残念です」ぐらいで、せいぜい言葉が添えられても「息子、娘が不運だった」または「息子、娘が至らなくて」ぐらいです。

これには日本人の奥ゆかしさが出ているとも言えるが、自己責任で納得してしまう特有の文化がある。
しかし、これでは問題の解決にはならない。
相変わらず、お上にお任せから抜けきれない。

この状況は、かつて規制されていた非正規雇用が規制緩和により、あらゆる職種で自由になったことにあり、さらに規制緩和は拡大中です。



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< 5. 主要国の労働分配率 >

日本の労働者賃金の企業の付加価値に占める割合は、格差拡大が著 しい米国(青線)より著しく低下している。
付加価値には企業の利益、税金、人件費などが含まれる。


なぜ国民はこれを受け入れるのでしょうか?

理由は簡単で、多くの経済学者に始まり、政府・官僚や保守系マスコミ(米国寄り)までがあるドグマに囚われ、さらにその絶大な効果(?)が喧伝され続けて国民に完全に浸透してしまったからです。

これは米国に追従した原発推進のパターンと同じです。
そのドグマとは1980年代から流布した「自由放任主義こそが経済を活性化する」です。
つまり、あらゆる規制を取り除き、資本や労働、商品などが、世界中の自由市場で競争すれば、経済効率が上がり、コストは下がり、所得は増えると言うものです。

40年近く、このドグマに従い、米国を筆頭に多くの先進国がこれを実施して来ました。
しかし、その結果、米国やEU、そして日本の現状が示す通り、沈滞と失望が蔓延するようになったことは、既にこの連載で見て来ました。

それではなぜ、誰もこのドグマが悪化の原因だと疑わないのでしょうか?



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< 6. 下位50%の所得割合い >

下位50%の所得割合が全体の50%であれば平等な社会です。
米国は経済成長を続けて来たが、その 内実は大半の国民を置き去 りにしているのです。
1980年代より、米国は一気にその傾向を強めている。
フランスは不平等の進行を食い止めている。

 

第三章 不思議がまかり通る原因
その大きな理由の一つは、見かけでは景気が良くなるからです。

米国で顕著なのですが、自由放任主義が進んだ結果、金融セクターが巨大化し、これがバブルを煽り、株価高騰に見られるようにGDPの上昇が起こるからです。

しかし実体は、長年のGDP上昇にも関わらず、大半の米国民の所得は横這いか低下しただけです。
残ったのは、実体経済(製造業など)の衰退、膨大な累積債務、所得格差の拡大だけと言えるでしょう。

もう一つは、多くの経済学者や政府首脳、マスコミが、今や経済の首根っこを押さえている最大の受益者となった金融セクターに追従し安住しているからです。
米国のホワイトハウスとゴールマンサックスの関係を見れば明らかです。

さらに付け加えると、自由放任主義が当時広がりを見せていたグローバル化と一体化したことにより、一国が採りうる政策の幅が狭くなったことにあります。
例えば、ある競技で、参加者はどんな有利な道具を用いても良いとするなら、一人だけ何ら道具を用いず競争するなら負けるのは当然です。
今の世界経済は、このように競争に対して無秩序、無制限に近いのです。

これらのことにより国民は反論出来なくなり、泣き寝入りするだけなのです。

このように言い切ってしまうと、国民の見識を貶めているように思われるかもしれません。
そうではなくて、皆さんは洗脳されていることを疑ってください。
そこで少し、皆さんに見方を変えることをお勧めします。



第四章 自分の首を絞める偏見の例
二つの具体例を取り上げます。

a)最低賃金を上げれば景気は悪くなる
政府や企業は、最低賃金をむやみに上げると、先ず中小企業が倒産し、景気が悪化すると言う。
また賃金上昇は海外との価格競争で不利となり、これも経済を弱めるとする。

一方、現代の経済学では、最低賃金の上昇は消費需要を高め、この結果、景気が良くなり、企業も潤うとする。

皆さんはどちらの説を採用すべきと思いますか?

実は、半世紀前まではこの逆が実際に起こっていたのです。


b)従業員の育児休暇が増えると企業の体力が弱まる
これは、つい昔の日本の政府や企業の考え方でした。
もし育児休暇で1回に1年間も休まれると、その穴を埋めるために余分に人材を要し、人件費増となり、経済にはマイナスでしかないと言う。
皆さんの多くはこれを当然のように思っていたはずです。

一方、ヨーロッパでは遥か以前から、国が主導して育児休暇を取らせて来ました。
フランスではなんと3年間もあり、さらに保育所の完備、充分な育児手当の支給で、出産を奨励して来ました。
これにより、フランスは2009年には、人口維持が出来る合計特殊出生率を2.0へと回復させた。
フランスは労働者不足(人口減)を補うためにヨーロッパの中でも早くから移民を取り入れて来た国で、積極的に対策を講じて来たのです。

翻って日本はどうでしょうか?
この年の日本の合計特殊出生率は1.37で、これでは人口減は必然です。
もし日本政府が、労働者にもっと目を向けていれば、現在の労働者人口減や高齢化のマイナスを緩和出来ていたはずです。
そうすれば急速な高齢化による年金給付や医療費の不安がかなり軽減され、ゼロ経済成長もここまで長引くことはなかったでしょう。


これらは単に政策ミスと言うより、政府の思考に問題があるのです。
そこに共通するのは労働者軽視であり、企業優先が蔓延ってしまっていることです。

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第五章 愚かな自虐労働観
皆さん、周囲を見渡して、労働者(定年後も)とその家族でない人がどれだけいるでしょうか?
日本の経済―供給と需要(消費)、を支えているのは労働者とその家族なのです。
しかし、いつの間にかその重要な労働者が低く扱われ、所得の低下に見舞われ、さらに真っ先に増税の対象(消費税)となり、将来は益々不安になりつつあるのです。

もっとも哀れなのは、労働者自身が労働権(ストや組合活動など)を軽視し、まるで自虐労働観に苛まれてしまっていることです。

この自虐労働観の最たる間違いについて考察しましょう。

以前、取り上げましたが、企業の内部留保が増える一方で家計の貯蓄が減っている現状がありました。

皆さんは、企業がたくさん利益を挙げなければ景気が良くならないと思われているかもしれませんが、これは少し違います。
当然、賃金上昇の原資になりますので企業の利益は必要です。
だが企業の利益や内部留保自体には景気を良くする直接効果はなく、この資金が設備投資に向かって初めて、景気が良くなるのです。
残念ながら、現在、企業の多くは設備投資より金融商品への投資に血眼ですので、株価は上がっても、実体経済への効果は期待できません。

むしろ景気(GDP)の上昇にもっとも寄与するのは家計の消費支出(国内総固定資本形成の住宅投資も含まれる)です。
つまり労働者の所得が上昇してこそ景気が持続的に上昇するのです。
このことが日本の高度経済成長時に起こったのです。

ではなぜこのような愚かな逆転現象が起きたのでしょうか?



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< 8.日本の労働組合 >

日本の労働組合の組織率は1970年代後半から凋落傾向が始まった。
しかし、これは日本に限ったことではなかった。


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< 9. 主要国の労働組合組織率 >
 
つまり、1980年代から世界が変わったのです。


第六章 きっかけは反動でした
一番大きい理由は、かつての政策への反動が起こったからです。

この連載で既に述べたように、1970年代までの先進国経済は「ケインズの有効重要説」(代表例、世界恐慌後のルーズベルトのニューディール政策)に従っていたことにあります。
米国では、これにより労働者の権利は擁護され、賃金が上昇し続け、これが需要を喚起し、経済発展が続いたのです。
他にも公共投資や大戦による軍需が景気を押し上げた。

しかし、1970年代の石油高騰等の要因が加わり、スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)が世界を呑み込みました。
この時、主に貨幣供給量の制御でこの問題を解決出来たのですが、同時にこの発案者(フリードマン)の保守的な経済学(自由放任主義)が主流になる切っ掛けとなりました。

これを期に、企業側と資本側が逆襲を始めたのです。
自由競争と言う名目で、労働者の権利を弱め、賃金を抑えることで利益を生むことに味を占めてしまったのです。
その後、これも自由競争の名の下に規制緩和と金融緩和(通貨増発)で、金融セクターが莫大な利益を得るようになった。
さらにグロ―バル化は、海外移転が容易な企業や資本に有利に働き、その一方で移住にコストがかかる大半の労働者には不利に働くことになった。

こうして世界の労働者は、経済学からも、政府からも、さらに世界からも軽く扱われるようになった。
その国の民主化度の差によって多少悪影響は異なりますが。



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< 10. 米国のCEO(経営責任者)と労働者平均の給与比 >

いまでこそ、米国のCEOの給与は高値に跳ね上がったが、1980 年代以前は、それほどではなかったのです。


 
第七章 労働者が軽視されることで起きたこと
以前、ハーバード大学の熱血授業で米国の高額所得が論じられていました。
最後まで聞いたのですが、得るところはありませんでした。
それは高額所得者がなぜこうも増加したかを説明出来ていなかったからです。

一般には、米国経営者の高額所得はストックオプション(自社株購入権利)やM&A(企業買収)が可能にしており、米政府がこれらを解禁して来たことによると考えらている。
また巷では、これらが会社経営を活性化させているとし、高額所得は黙認されているようです。

しかし、経済学者のピケティやスティグリッツ、経済評論家のマドリックなどは、最近の実証的研究を挙げて否定している。
先ず、経営者の高額所得と企業業績との間には相関が無いと言う。

ここが重要なのですが、こんな無駄な事が起きた理由は、これらをチェックし牽制出来る労働組合の弱体にあると言うのです。
私は、この研究結果を知って、やっと高額所得の増加現象を納得することが出来ました。



第八章 日本の事情
日本の労働事情が本格的に劣化し始めたのは、世界の流れを受けて中曽根内閣の時代からでしょう。
国鉄民営化、非正規雇用の拡大、確定拠出年金(米国の401Kのコピー)などが代表例です。

非正規雇用と確定拠出年金は多くの労働者にとって待遇の悪化を招きましたが、その一方で企業や金融セクター(退職金運用手数料稼ぎ)にとっては非常に好都合でした。
そして、保守系の報道や政府発表は、これらのメリットを謳うばかりで、マイナスには一切触れなかった。
むしろ、徹底的に労働者の怠慢や労働組合の横暴をあげつらっていた。

こうして労働組合は弱体化していったが、これは米国も同じでした。
これには日本では非正規雇用が影響し、米国では法制度や裁判などが影響がした。

すると日本では、労働組合の縮小と共に野党勢力は凋落し、中小企業の商工会議系に支えられた与党は勢いづくことになりました。


こうして、この世は魑魅魍魎が跋扈するようになってしまったのです。


第九章 まとめ
日本は素晴らしい国であり、多くの人が変革で危険を冒す必要が無いと考えるのも無理がありません。
しかし、日本の良さは自然、文化伝統、治安の良さなどであり、極論すると地理的に隔絶していることにあります。
これは長所なのですが、一方で危険でもあります。

私達日本人は井の中の蛙になり易く、どうしても安逸が続くと、海外の変化に疎くなり、惰性に走りがちです。
戦後の日本は最初、米国に助けられ、その後は脅され(プラザ合意、日米構造協議など)、また長らく追従して来ました。

しかし、そろそろ状況の悪化に目を向け、自立した視点を持っても良いいのではないでしょうか?



次回に続きます。
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2017年09月12日

フランスを巡って 36: モンサンミッシェル 2

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今日は、モンサンミッシェルの城壁を紹介します。


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< 2.徒歩ルート >

赤線のSからEまでを35分かけて歩きました。
歩いたのは2017年5月24日午後2時頃からです。
写真はほぼ撮影順に並んでいます。




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< 3. 修道院の入口の手前からスタート >

左上の写真: 修道院が聳え立っている。
右上の写真: 右側の階段の奥に修道院の入口がある。
下の写真: 眼下にシャトルバスで来た橋が見える。



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< 4. いよいよ下り始める >


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< 5. 最初の塔が見える >

上の二枚の写真: 一番高いところにある北塔。


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< 6.北塔から >

上の写真: 北塔から下って来た階段を見上げる。
下の写真: 北塔からブクル塔を見下ろす。





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< 7. 北塔とブクル塔の間で >

上二枚の写真: 北塔を振り返る。
下左の写真: ブクル塔が見える。




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< 8. ブクル塔の手前にて >
下の写真: 修道院を見上げる。




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< 9. ブクル塔にて >



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< 10. ブクル塔から見上げる >


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< 11. ブクル塔から低塔まで >

上左の写真: 奥に北塔が見える。
上右の写真: ブクル塔を望む。
下の写真: 低塔を望む。


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< 12. 王の門の上に到着 >

左下の写真: 王の門の上から城壁内のメインストリートを望む。
この通りを奥に進み階段を上るとS地点に至る。

感じたこと
この30分ほどの間に、雲間が切れ青空が広がって来た。
見上げると陽光に輝く教会の雄姿が聳えていた。
とうとう憧れのモンサンミッシェルの中を自由に散策出来た。

当初、抱いていた孤高の教会のイメージよりは巨大な中世の大要塞であった。
岩盤の島に築き上げられた礼拝堂から1200年をかけて城塞へと発展し、そして幾多の戦いにも難攻不落を誇ったモンサンミッシェルとなった。
城壁を歩いて、その高さと堅固さから、さもありなんと納得した。

11世紀、このノルマンディー地方に入植していたバイキング(ノルマン人)はイギリスをも支配するようになり、やがて英仏の百年戦争(1337−1453年)の火種となった。
このことが、モンサンミッシェルを要塞化させることになった。

この美しい信仰の聖地で幾度となく戦いが繰り返され、この不思議で稀有な容姿となった。



次回に続きます。





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2017年08月23日

フランスを巡って 35: モンサンミッシェル 1

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これから、モンサンミッシェルを数回に分けて紹介します。
今回は、対岸のホテル街から城内入口近くまでの景観です。


この日の観光

観光したのは、旅行8日目、5月24日(水)、13時から17時です。
到着時は雲が空を覆っていたが、徐々に雲が無くなり晴れ間が見えて来ました。

13時前にホテルに着き、荷物だけを置き、シャトルバスの停留所まで歩いた。
シャトルバスは無料で、朝8時から深夜1時まで5〜10分間隔でモンサンミッシェルとホテル街を結んでいる。
シャトルバスは2.5kmを走り、終点の橋の上で降りると、直ぐ前にモンサンミッシェルが全貌を現す。

モンサンミッシェルの観光は、最初に城内で自由散策と昼食時間があり。
私の自由時間は、修道院の入口前まで上り、そこから見晴らしの良い海に面した城壁に沿って下まで降りた。
昼食はツアーには無く、各自がレストランを探して入るか、途中休憩したドライブインで買っておいた食品を食べた。
私は後者で、サンドイッチを買って食べた。

その後、全員が城内入口付近に集合し、ガイドに従って登り、修道院を巡った。
修道院の見学を終えると、そこで散会し、シャトルバス停留所の集合時間までは自由散策となった。
この自由時間は島内の生活感が残る個所を降りた。

後は、シャトルバスに乗ってホテルまで戻った。



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< 2. 衛星写真 >

上の写真: 対岸のホテル街から入場口までルートを赤線で示す。上が東。

下の写真: 赤線はシャトルバスを下車してからおおよその撮影場所。上が北。
赤線: 1回目の自由散策とガイドに従って2回上ったルート。
茶色線: 1回目の自由散策で下った城壁ルート。
青線: ガイドに従って入った修道院。
オレンジ線: 2回目の自由散策で歩き下ったルート。




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< 3. ホテル街 >

上二枚の写真: ホテル街。
ホテルに荷物を置いて、シャトルバスの停留所に向かう。

下の写真: 走行中のシャトルバスから東側を撮影。
羊達が草を食む広大な草原が広がり、さらに遠くに対岸が見える。



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< 4. 橋の上から 1 >

上2枚の写真: 長い橋の上を走るシャトルバスから東側を撮影。
干潟が広がっている。

下の写真: シャトルバスを降りて、橋の上から南側、ホテル街を望む。
バスはこの川沿いの左側を走って来た。



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< 5. 橋の上から 2 >

上の写真: 橋の上から西側を望む。
河口の向こうに広大な田園地帯が広がる。

中央の写真: 17時に撮影。
観光を終了してホテルに戻る前に撮影。

下の写真: 13時半頃に撮影。
シャトルバスを降りて、観光前に撮影。




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< 6. 左側を望む >


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< 7. 中央と右側を望む >

上の写真: 中央の白いバンの向こうに城内への入口がある。



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< 8. 右側を望む >

干潟を多くの人が散策を楽しんでいた。

この島はノルマン人との戦いや英仏戦争を耐え抜いた、如何にも難攻不落の要塞に思える。



次回に続きます。


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2017年08月17日

何か変ですよ 70: 日本の問題、世界の問題 6: バブル崩壊の果てに待ち受けるもの


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< 1. 1980年代、世界を変えた首脳達 >


前回、バブル崩壊と救済が繰り返されて深刻な事態になっていることをみました。
今回は、なぜこのようになったかを探ります。
これでバブル崩壊の考察を終えます。




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< 2. 世界の緩和マネー >

上のグラフ: 茶色の線がOECD+BRICsの合計マネーサプライで、青線が世界のGDP。

マネーサプライが上昇している時に3回のバブルが起きている。
そして2008年以降、歴史上はじめて先進国全体がGDPを超えるマネーサプライを供給し続けている。
現在は中央銀行バブルの最中だと警鐘を鳴らすエコノミストが増えている。

下左のグラフ: 大国はベースマネー(マネタリーベース)を競うように拡大している。

下右のグラフ: 赤線は世界のマネーサプライ。


第一章 はじめに
先進国(日米など)に格差拡大と累積財政赤字の増大が深刻化していることがわかりました。
これが緩和マネーの増大と金融セクターの膨張と関係していることもみました。
さらに、この始まりは高々1980年代に始まったことも知りました。

この異常な事態は最近の人為的なこと、つまり国と中央銀行の政策の変化が起因してることも知りました。
事の起こりは米国にあり、さらに経済理論が様変わりしたことにある為、理解することは難しい。

ここでは、先進国の政治経済の大きな変化を取り上げ、何が元凶なのか、何が経済と金融政策を変えてしまったのかを探ります。



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< 3. 世界のヘッジファンド >


第二章 なぜこのようなことになったのか?
皆さん、不思議に思いませんか?
世界を巻き込む巨大なバブル崩壊を繰り返し、また国内の所得格差を著しく拡大させている国は何処でしょうか?
それは民主主義と資本主義の先進国である米国です。
その結果、トランプ大統領が誕生したも言えるのです。

これは他人事ではなく、放置すればいずれ我が身に起きることなのです。
この事態は米国がリードでして来た二つの金融政策に端的に現れています。

バブルが起きる原因はどこにあったのか?

大きな要因の一つは、緩和マネーの巨大化でした。
中央銀行はバブル崩壊後の景気刺激策として大量の緩和マネーを市場に供給して来た(マネーサプライ)。

バブルが過熱する時は、必ず投機家が巨額資金(自己資金の20〜30倍の借金)を金融商品に投じて高騰を煽っていました。
単純に考えて、彼らが自己資金内で運用する分には、高騰はそれほど起こらず、例え暴落が起きても破産の可能性は著しく低くなります。
つまり、バブルの過熱も崩壊もなくなります。

それではなぜ投機家はそのような莫大な借金が可能になったのでしょうか?

大きな要因の一つは、政府が高レバレッジ率を許して来たからです。
政府は金融セクターの要望に従ってあらゆる規制緩和をこれまで行って来た。

それではなぜ政府と中央銀行はこのような危険を冒すようになったのでしょうか。




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< 4. 2007年度、米国の資産格差 >

上位1%の金融資産は、米国の42%になった。


第三章 危険を冒す政府、肥え太る人々
なぜ政府と中央銀行は危険を冒してまで、巨大な緩和マネーを投じ、金融の規制緩和を行うようになったかを見てみましょう。

この様変わりした政策については経済学派のケイジアンとマネタリスト、米国の民主党と共和党、ドイツと米国、日銀総裁の白川(元)と黒田(現)で意見が対立し、賛否が別れています。
これら論争を理解することは困難でも、現実に悪化する状況を直視すれば、また背景を理解出来れば、自ずと答えは見えて来るはずです。
出来れば良質な経済書をお読みください。
私が読んだ参考図書を末尾に紹介します。


政策が変わっていった背景を簡単にみます。

第一段階 1970年代より、先進国が金本位制を止めたことにより、緩和マネーの巨大化が可能になった。

最初に1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を止め、1978年から先進国が続いた。
これにより各国の中央銀行が金の備蓄量を気にせず貨幣を発行出来るようになった。
中央銀行は貨幣供給量の調整で物価対策と通貨対策、景気刺激策を自由に出来るようになった(マネタリズム)。

これ以前、各国は金本位制を幾度も止めては、また復帰を繰り返して来た。



第二段階 1979年から米国のFRBが貨幣供給量を制御するマネタリズム(フリードマンが唱えた経済政策)により、スタグフレーション(失業率上昇と物価上昇が併進)を収め、景気を回復させた。

これ以前の経済政策は、米国のニューディール政策に代表される、政府が市場に介入し公共投資や賃金アップ(労働組合奨励)などで需要を喚起するケイジアンが主流であった。
第二次世界大戦まではこれが功を奏したと言えるのですが、戦後の世界経済は好調後に、インフレからスタグフレーションへと突入した。

先進国の産業・経済界と保守派は、これをケイジアンからマネタリズムへの転換の絶好の機会と捉えた。


第三段階 1980年代より、先進国は「自由放任主義」を掲げる保守的な政策に転換した。


スタグフレーションの原因の一つに、強い労働組合による旺盛な賃金上昇があったとされ、先進国の産業・経済界はこぞってこの抑制を政府に訴えた。
彼らにとって、経済疲弊の病根は強い労働組合と公営企業の赤字であった。
また第二次世界大戦後の英国や米国は、日増しに高まる日独の輸出攻勢で経済は勢いを失っていた。

これを挽回するために、英国のサッチャー(1979〜)、米国のレーガン(1981〜)がマネタリズムと自由放任主義を推し進め、やがて他の先進国も追従した。
自由放任主義とは、市場は規制を受けない自由競争状態であればあるほど経済の効率が高まり、発展するとの考えです。
すべてを自由競争に委ねれば、企業家は意欲を増し、商品価格は低下し、経済効率は上昇し、経済は発展すると信じた人々は、また政府の裁量と財政規模を縮小すべしとした。

彼ら指導者は国営企業の廃止や労働組合の制限、産業・金融の規制緩和を推し進め、景気刺激策として公共投資から貨幣供給へと軸足を移した。
日本だけは後者のマネタリズムへの転換を日銀が拒んでいたので、公共投資を継続した。

確かに、経済を安定的に発展させるには成長に見合ったマネーサプライは不可欠ですが、行き過ぎた緩和マネーが問題であり、その限度、効能と弊害について意見が分かれています。



第四段階 米国では金融家達が徐々に政治を支配するようになっていた。

米国の金融家(銀行家)と大資産家らは、ロービー活動と選挙応援を通じて20世紀初頭より政治力を高めており、レーガン以降、その力は強力になっていた。

彼らは米国の経済復活には世界的な競争に勝つ必要があり、この為に世界大恐慌後(1929年〜)の数々の経済・産業・金融の規制を撤廃すべしと政府に規制緩和を求め続けた。
保守的である共和党の方がより規制緩和を行い自由放任主義的な政策を採ったが、多くの民主党政権でも後退には至らなかった。

この規制緩和は多岐にわたりますが、そのポイントは国民の犠牲を防止する規制の廃止、一方で金融家の自由な投機を阻害する規制や監督を廃止したことです。
一例としてはシャドーバンキング(ヘッジファンド)の暗躍、高レバレッジが最近の金融危機の大きな要因になっている。
他に自由放任主義の施策としては企業経営者の報酬アップ(ストックオプション)、労働運動の制約、富裕層減税による累進課税のなし崩しがある。


現段階 こうしてバブル崩壊がほぼ10年毎に起こり、中央銀行は膨大な緩和マネー、政府は財政出動で金融救済と景気刺激策を繰り返すようになった。

こうして金融セクターが潤い巨大化し、富める者は益々富むようになり、さらなる政治支配が可能になった。
例えば、バブル崩壊後の2009年から2012年までの収入増加のじつに91%が、米国の最富裕層上位1%の懐に収まった。
このような状況では、米国の多くの政治家も経済学者も現状の自由放任主義とマネタリズムに追従することで主流に成り得る。
これになびく日本も同様です。

これが米国と、米国に追従する日本や他の先進国の状況です。



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< 5. 2013年度、子供の貧困率 >

米国は世界で2番目に高く、日本は9番目に高い。


第四章 まとめ
結局、ここ40年ほどの金融家らによる政治と経済の転換は、著しい所得格差と莫大な累積赤字を生んでしまった。
そして多くの先進国では高い失業率と低経済成長がほぼ定着した。
さらに政治には国民の意向が反映されなくなり、失望の果てに日本、米国、ヨーロッパで右翼や国粋主義が台頭するようになった。

我々が今行わなければならないことは、先進国の金融セクターの横暴を止める政策を政府に採らせることです。
その対策の為には世界が一致団結して新たな金融政策、秩序ある競争を生み出す適切な世界的な規制と累進課税を採ることです。

経済学者スティグリッツは「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」で、抜本的な改革案を提示しています。


次回に続きます。


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参考図書

*「国家は破綻する 金融危機の800年」カーメン・M・ラインハート著、2011年刊。
内容: 世界中の国家の破綻、デフォルト、金融危機、通貨暴落、高インフレの全体像をデーターで俯瞰させている。
感想: 破綻が頻発している事実に驚かされたが、破綻のメカニズムの定性的な解説がなく、経済の素人には面白くないかもしれない。

*「ささっと不況を終わらせろ」ポール・クル−グマン著、2015年刊。
内容: バブル崩壊後の不況対策について、幾多の事例を参考にしながら主に米国について批判的に解説している。
感想: 様々な破綻が読みやすく語られ理解し易い。またクル−グマンの立ち位置が見えてくる。

*「2020年 世界経済の勝者と敗者」ポール・クル−グマンと浜田宏一著、2016年刊。
内容: 二人が米国、EU、中国の経済、アベノミクスについて対談している。
感想: 対談集なので底が浅く、二人の議論が噛み合っていないように思う。
クル−グマンは概ねアベノミクスが最善の方策であり期待もしている。
気になるのは彼が日本の達成を困難と見ていることと、次のバブル到来を危険視していないことです。
 
*「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」スティグリッツ著、2016年刊。
内容: 米国の経済政策(自由放任主義とマネタリズム)を批判し、米国と世界経済の復活を目指す改革案を提示している。
感想: 現状の経済の問題点を多角的に分析し、それぞれに対策を提言している。
しかし要点を絞って書いている関係で、専門の経済用語の知識がなければ理解が困難です。



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2017年08月15日

何か変ですよ 69: 日本の問題、世界の問題 5: バブル崩壊 3

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前回、バブル崩壊のメカニズムと被害についてみました。
これが繰り返されることにより先進国社会の深部が蝕まれています。
今回、この状況を確認します。



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第一章 はじめに
これまで3回にわたり、世界各国が如何に経済的な破綻に見舞われて来たかをみました。
お読みになった皆さんは、おそらく世界が金融的な破綻に益々晒されつつあると感じたはずです。
先進国、資本主義国に何か変調が起きているとも感じられたことでしょう。

一方で、一気に世界を巻き込むバブル崩壊は必然だとも思ったに違いない。

そうであればこそ、バブルが過熱しないようにするしかない。
この為にはバブルを過熱させる要因を世界から取り除くしかない。
この要因は各国政府が、ここ40年ほどで作り出して来たものです。
所詮、作り出したものですから取り止めることが出来るはずです。

傍観している内に、我々の世界は大きな濁流に飲み込まれるはずです。




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< 3. 米国のマネーサプライと負債 >

上のグラフ: 青線はマネーサプライM2の推移、左目盛り、10億ドル。
マネーサプライが急伸しているのがわかる。
(マネーサプライは中央銀行(FRB、日銀など)や金融部門全体から経済に対して供給される通貨の量で、一般の事業会社や個人、地方公共団体などが保有するお金の量を示し、国や金融機関が持っている現金は除きます。)
黒の破線は下のグラフの合計負債額/GDPの推移、右目盛り、%。


下のグラフ: 家計(青色)、非金融(赤色)、金融(緑色)の部門毎の債務残高/GDPの推移、%。
金融の負債がサブプライムローン危機の折に威勢よく上昇している。
しかも三部門の合計額は優にGDPの2.5倍になっていた。
この合計額がGDP(100%)を超えたのは、規制緩和とマネタリズムが隆盛になった1980年後半以降で、その後急伸している。


第二章 現在、バブル崩壊時に繰り返されている事
ここ40年ほど、先進国はバブル崩壊時に、金融危機の拡大を防ぐために莫大な救済金を金融機関に拠出して来ました。

この救済を行わない選択肢もあるのですが、しなければ1929年のウォール街大暴落に始まる世界大恐慌のようになります。
この時、米国の一人当たりの国民所得は最大35%低下し、元に戻るのに10年を必要としました。
失業率は一時約25%まで上昇した。
これがドイツや日本を経済的な窮地に追い込み、第二次世界大戦の引き金にもなりました。



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< 4. 世界大恐慌時の米国 >

上の写真: 当時の取り付け騒ぎ。
下のグラフ: 米国民一人当たりのGDP推移。


それまでの恐慌では多くの場合、政府は銀行の倒産を放置し、不良な銀行を淘汰することが良策と考えていた。
しかし、この放置策では恐慌による傷が深まるので、現在は政府と中央銀行が、大規模な金融機関を集中的に救済するようになった。

このことは、当初、国民から反発があったものの、現在では受け入れられるようになった。
しかし、これが二つの深刻な問題を引き起こし、社会を歪める大きな要因になってしまった。

このポイントは二つある。

一つには、この救済資金が政府の累積財政赤字の急伸を招いている。
これを前回、見ました。

いずれこの負債を国民が広く負担せざるを得なくなります。
言い換えれば、バブルで救済される一部の大規模金融機関と大資産家を、犠牲になった国民が等しく救済することになる。


注意すべき事!!
リフレ策(アベノミクスなど)によって、累積財政赤字が霧散すると断言するエコノミストもいるが、私にはむしろ大きな破綻を呼び込む可能性があると考える。
世界のどこかでバブル崩壊(金融危機)が起きてしまうと、金余り(緩和マネー、溢れるマネーサプライ)が多ければ多いほど崩壊の被害は甚大になる。
つまり、ヘリコプターマネーによる膨大な金余り状態が最も危険だと言える。
現在、日本では、行き場を失った緩和マネーが株式投資、不動産投資、サラリーマン金融に向かっている。



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< 5. 日本の不動産の値上がり >

上のグラフ: 値上がりは東京だけでなく全国に広がりつつある。
下右のグラフ: 銀行の不動産向け貸し出しの増加が値上がりに繋がっている。


二つには、救済されるのが大規模な金融機関に限られていることです。

救済される金融機関ほど、バブルの中核であったとも言える。
一方、救済対象から外されるのは圧倒的に大多数の被害者です。
かつて日本では自己責任が声高に叫ばれたことがあるが、これは真逆です。

崩壊と救済が繰り返される内に、以下のことが慢性化し深刻さを増しています。
特に米国において。

金融機関や資産家、特に大規模であればあるほど「モラル・ハザード」(倫理感の欠如)が浸透しています。
救済されることが分かっている彼らは悪辣な手で暴利を貪り食うことを厭わなくなりました。
金融機関は更なる大規模化を目指し合併を繰り返し、大資産家もこれに群がります。

大規模金融機関と大資産家は、バブル崩壊で失業し賃金低下に苦しむ大多数の人々をしり目に、救済策で破産を逃れます。
しかしそれだけではない。

景気刺激と金融安定化の為の大規模な金融緩和策で、崩壊後いち早く所得を増大させることになります。
これが繰り返されることにより顕著な所得格差が生み出されました。
これは米国の所得格差拡大の要因の一つに過ぎないが、根は一緒で、次回説明します。


さらに富を蓄え政治力を持つようなった大規模金融機関と大資産家は、国際競争と経済活性化と称する金融の規制緩和を政府に実行させて来ました。
1929年の世界大恐慌への反省から制定された規制が、なし崩しに廃止されて来ました。

こうしてここ40年ほどの間に、金融セクターが世界の繁栄を掌中に収めるようになったのです。
例えば、1950〜1980年の間、米国の金融セクターは総企業収益の10〜20%であったが、2001年には46%に成長している。注釈1.
その後、サブプライムローン危機で平均32%に低下している。


これが所得格差の元凶であり、結果であり、今後もバブル崩壊が繰り返さずを得ない理由なのです。


第三章 データーで確認します


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< 6. 米国の所得の推移 >

上のグラフ: トップ1%の所得(赤)と平均賃金(青)の推移。
平均賃金は生産性(緑線)よりも伸びが低い、つまり正当な分配とは言えない。
一方、トップ1%の所得は鰻登りで、バブル崩壊の度にその差は開いていく。

下のグラフ: 年収5分位の年収推移。
上位になればなるほど上昇し、下位になればなるほど伸びなくなり、両者の差は開くばかり。
この格差は規制緩和とバブル崩壊のみで起こっているのではなく、逆累進課税や労働組合の衰退、法人優遇なども影響している。




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< 7. 日本のマネーサプライと所得階層別の所得推移 >

上のグラフ: 緑線がマネーサプライ(マネーストック)、青線がマネタリーベース、赤線が名目GDP、紺色線が東証時価総額です。

通常、マネーサプライを増やせば、インフレや景気刺激を可能にし、抑えれば逆効果となります。
しかし不思議なことに、マネーサプライが続伸しているにも関わらず、GDPは増えず、停滞を続けている。
このGDPとマネーサプライのギャップ(緩和マネーの増大)が気になります、米国で起きたサブプライムローンの前兆を感じさせる(図3のグラフ)。

日銀が金融緩和などでコントロールするのはマネタリーベース(民間の金融機関が預金準備率に従って中央銀行に預けた貨幣総額)で、その何倍かが市中に出回るマネーサプライになる。
中央銀行がマネタリーベースをコントロールしたからと言って、マネーサプライを確実に調整することは出来ない。

ただここ数年の日銀のマネタリーベースは各段に多いので、株価を押し上げている。
株価上昇は日銀や政府機関が株購入していることも影響している。


下のグラフ: 赤線が下位90%の所得の推移で、橙色線は最上位0.01%の所得です。
下位90%の所得は3回のバブル崩壊で低下していったが、最上位0.01%の所得はバブルの度に上昇している。
米国ほどではないが、同じ傾向が見て取れる。


次回に続きます。



注釈1.
スティグリッツ著、「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」2016年刊、p75より。
posted by 学 at 07:48| 兵庫 ☔| Comment(0) | 連載中 何か変ですよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

フランスを巡って 34: パリからモンサンミッシェルへ


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今回は、パリからモンサンミッシェルまでの車窓の風景を紹介します。
これから待望のモンサンミッシェルに向かいます。
また2日後にはパリに戻って来ます。



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< 2. 走行ルート、上が北です >
このルート通りに走ったかは定かではありません。

移動したのは旅行8日目、5月24日(水)でした。
(前回紹介した「ランスからパリへ」の日時の記入が間違っていました。正しくは5月23日でした。)
今回、走行する7割ほどの地域はノルマンディーです。
今回の旅行中、二つの観光地間の移動としては最も長い距離を走りました。

朝8:00にパリのホテルを出発し、途中トイレ休憩し、モンサンミッシェルのホテルに着いたのは13:00でした。
その後、荷物をホテルに入れると、すぐ観光に出発しました。

出発時はあいにくの空模様で終始雲が空を覆い、走行中、小雨がぱらつくことがありました。
しかし、モンサンミッシェルを観光している途中から素晴らしい青空が出現しました。
今回の旅行は、好天に恵まれていました。

写真は撮影順に並んでいます。


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< 3. パリを抜けて行く >


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ノルマンディーは酪農が盛んなので牛を見かけることが多かった。

下の写真: 住宅らしいのですが、この地方は一階建てが多いようです。
庭先にキャンピングカーが見えますが、フランスでは観光地や自然豊かな所ではたくさんのキャンピングカーを見かけました。
フランス人はキャンピングカーライフを楽しむようです。


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天気が悪い為か、今まで通って来た地域と異なり、すこし裏寂しいように思えた。
南仏のようなカラフルな家屋をほとんど見かけることはなく、ノルマンディーも中ほどを過ぎると、屋根瓦はくすんだ灰色が多く、スレートのようでした。
道路沿いの疎らな農家には痛んだ家屋が目立った。

やはり、このノルマンディーはヴァイキング(ノルマン人)の移住の地らしく、他のフランス地方とは異なる風土があるようです。

今回のようにフランスのほぼ3/4の走り抜けると、地方の特色がバスの車窓からでもよく見えて来て面白い。



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下の写真: 中央の遠方に三角形のモンサンミッシェルが霞んで見えた。
この地域は海風が強いのか、防風林らしきものが耕作地の境界や家屋の周囲に多く見られる。



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上の写真: ホテル到着まで10分ほどの道路沿いから見えた家屋。
時刻が12:50だったので、家族で昼食中かもしれません。

下の写真: 中央遠方に小さくモンサンミッシェルが見えます。


次回に続きます。
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2017年08月11日

何か変ですよ 68: 日本の問題、世界の問題 4: バブル崩壊 2

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前回、バブル崩壊のばかばかしい一面をみました。
今回は、バブル崩壊が起きる理由と被害が甚大になる理由をみます。
また被害の現実をグラフで確認します。


第一章 バブル崩壊の簡単なメカニズム

これまで繰り返されて来たバブルには、ITバブル、サブプライムローンバブル等、様々な名前が付いていますが、必ずすべてにつきまとうものがあります。
それはバブルの崩壊、急激な信用収縮による金融危機です。
さらに金融危機はデフォルトと通貨暴落などを伴うことがあります。

崩壊はなぜ避けられないのでしょうか?

簡単に、株式投資(不動産投資、商品投機も同じ)で例えます。

ある投資家が自己資金500万円で購入した株が800万円に値上がりして、気を良くし、今度は500万円を借金して追加投資した。
しかし、まもなく値崩れを起こしたので、彼は借金返済の為に即座に売却した。
売れた株価は平均400万円だったので、彼は自己資金をすべて無くした上に借金返済にも100万円不足となった。
この100万円を都合出来なければ、彼は破産することになる。

ここで注目して欲しいことは、誰も株を売らなければ損失が出ないと言うことです。

一度、信用不安が発生したり値下がりの憶測が流れるとバブル状態の金融商品(不動産や株、国債など)に売りが集中し、この価格が下がり始め、すると更に売りが増えて暴落することになります。
部外者から見れば、これは自業自得で、まったく馬鹿げた話ですが、経済全体で見ると事は重大です。

日本では暴落の度に概ね日経平均株価はピーク時の半値以下になり、株価総額で200〜300兆円が一瞬にして失われます。
この金額はGDPの半分に相当するので重大です。

バブル崩壊の切っ掛けは様々あり、自国の景気後退や金利上昇などが大きいが、海外の景気後退や金利上昇、またバブル崩壊が伝染しても起こる。
何が切っ掛けであろうと、一度値下がりが始まると市場はパニック状態になり、制御不能になってしまうのです。


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第二章 バブル崩壊の甚大な被害
バブルは経済を潤していたのに、崩壊してしまうとなぜ悲惨なことになるのか?

それまで、株価・不動産高騰で懐が潤っていた人々は消費を増やし、好況に貢献し、また国により多くの税金を払ってくれていた。
崩壊では、この逆が起こっただけで、結局、プラスマイナスでゼロになっただけと思わないでください。

このバブル期間中、投資機関、特に大口の個人資産を運用するヘッジファンドなどはレバレッジを利かした借金(元本の数十倍)で投資を行います。
すると莫大な資金が流入したことでその金融商品の値上がりが続き、やがて素晴らしい収穫の時がやって来ます。

例えば、元本1億で29億を借金し、合計30億で運用し、購入価格の2倍で売却すれば、この投資家は59億円の利益を得ます(笑いが止まりません)。
ところがこの投資家は、値上がりを期待し、まだ金融商品を持っていた。
ついに下落が始まると、彼は29億の借金を返却しなければならず、先を急いで売却を始めます。
すると、これが大暴落の切っ掛けになります。

不動産投資では、値上がりした購入物件を担保に借金し、さらに別の物件に投資することが多い。
この場合、一度少しでも不動産の値下がりが始まると担保評価額の低下により、資金回収の為の不動産物件の売りが必要になり、これを切っ掛けに暴落と破産が続出することになる。

こうなると個人やヘッジファンドなどの機関投資家や投機に手を出していた企業の破産が続き、ついには銀行までもが倒産を始めます。
現代は、先進国の膨大な金融資産が世界中を飛び交っています。
こうして、一国のバブル崩壊、信用収縮による金融危機が起き、瞬く間に世界に伝染していきます。

こうなるとほとんどの市場参加者、特に情報が少ない一般投資家は後手に回り、失うのは自己資本だけでなく借金も返せなくなります。
こうして、一転、浪費に浮かれた社会から破産企業と破産者が続出する停滞した社会に突き落とされることになる。

なぜバブル崩壊が悲惨な状況を生むのかを簡単にイメージしてみましょう。

百社の企業と従業員からなる経済を想定します。
各企業がバブルに便乗し、銀行から平均10億円の融資を受けて金融商品に投資していました。
3年間、各社例年に比べ大幅増の毎年1億円の利益を上げていました。
経営者や従業員にボーナスが出て、求人も増え順風満帆でした。

しかし、やがてバブル崩壊が始まった。
企業は金融商品をすべて売却したが、融資額の半分の平均5億円の借金が各社に残った。
内部留保(利益の蓄積)を取り崩し、資産を売却しも借金を返却出来ない企業10社は倒産し、失業者は5%増加し、消費は冷え込んだ。
残った90社も借金を抱え、全体で20%の売り上げ減になり、景気は冷え込んだ。

これがバブルの崩壊による暗転のイメージです。


一度、大きな信用収縮が起きると、個人破産だけでなく産業・経済を支える企業・金融機関の多数の倒産が起こります。
景気後退と失業者の増大が起こります。

生き残った企業や銀行(金融機関)も莫大な借金を背負うことになります。
銀行はバブル防止への規制強化のせいもあるが、負債の減額に必死で、融資に慎重になります。
また製造企業も同様に、傷を受け、設備投資や賃上げを控えることになります。
さらに国は急激な税収減に見舞われ、赤字国債を急増させ累積赤字は一気に増加します。
当然、福祉やセフティネットの予算が減額され、低所得層はさらに苦しむことになります。
こうして深刻な景気後退が長く続くことになります。

しかし、ここ数十年、先進国はバブル崩壊時に莫大な公的資金をつぎ込むことにより新たな問題が起きるようになりました。


第三章 グラフから事実を掴む
バブル崩壊が社会に与えた影響をグラフから見ます。




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< 3. 日米英の株価推移とバブル崩壊 >

橙色枠は三つのバブル崩壊を示します。

A: 日本のバブル崩壊(平成不況)。
1991年3月〜1993年10月。

このバブルは1985年のプラザ合意で円高が進行した為、政府が内需拡大を目指し、日銀が低金利政策による大幅な金融緩和を行ったことに始まる。
これにより不動産投資と証券投資が活況を呈し、1989年12月に日経平均は最高値を付け、暴落が始まった。
翌年、政府と日銀が強引な金融引き締めに転じた為、急激な信用収縮が起こり、これにより失われた20年と呼ばれる低成長期に突入した。

この時に発生した不良債権は約200兆円、全銀行の純損失の総額は100兆円であった。
1991年の実質GDPは420兆円であった。


B: ITバブル。
日本では2000年12月〜2002年1月に影響を受けた。

このバブルは1990年代末期から2000年代初期にかけて、アメリカ合衆国市場を中心に起った。
インターネット関連企業の実需投資や株式投資が異常な人気となり、2000年3月にナスダックが最高値を付けた。
その後、連邦準備制度理事会の利上げを契機に株価は急速に崩壊した。

日本は前述のバブル崩壊による不況が続き、またIT関連投資が部分的であった為、影響は限定的であった。


C: サブプライム住宅ローン危機から世界金融危機。
米国で2007年に始まり2010年以降も世界に影響を与えた。

このバブル崩壊は米国での長年の住宅ブームに便乗し乱発されていたサブプライムローン(返済能力が低い人への住宅ローン)が2006年の住宅価格の下落で、返済不能者が続出したことによる。
サブプライムローンは途中から金利が高くなる設定であったので、債務者は住宅価格が上昇している時なら借り換えで返済額を減らすことが出来ていた。
しかし、下落を始めると借り換えが出来なくなり、金利上昇分を返済出来ない人は破産した。
こうして信用収縮が始まった。

これが世界金融危機へと拡大したのは、ここ数十年で定着し始めた金融システム、高レバレッジをかけた取引や住宅ローンと他のローンを細分化し組み合わせた証券化、リスク回避の為のCDS(信用デリバティブの一種、前回説明)、不誠実な信用格付けが重なり、リスクが見えなくなっていたことによる。
そして世界のあらゆる投資家は活況を呈するこの市場にこぞって参加した。

これに輪を掛けたのが規制緩和によるシャドウバンキングの暗躍でした。
米国と世界はシャドウバンキングの放埓な取引を規制もせず、実態も掴まなかった。
シャドーバンキングとは「影の銀行」という意味で、銀行ではなく、証券会社やヘッジファンド、その他の金融会社が行う金融仲介業務を指します。


これによる損失はどれぐらいだったのか?
2008年10月、アメリカ政府は70兆円の公的資金を投入したが、さらに大規模な財政出動を繰り返し、11月にはそれは総額700兆円に達した。(これ以降、為替100円/ドルで計算)
これらの出動は直接的な支出というよりも投資、融資、融資保証などの形を取っていた。
2009年2月、アメリカ政府は80兆円の景気刺激策を決め、この内7兆円は900万に上る住宅所有者を差し押さえから救うための費用でした。
アメリカの退職金基金は22%減の170兆円減、年金基金130兆円減、貯蓄と投資資産は120兆減であった(日本も年金基金と日銀の株式運用に気をつけよう!!)。

2009年の国際通貨基金 (IMF) の推計によれば、米国と欧州の大手銀行が2007年〜2010年の間に不良資産と不良融資から受けた損失額は最悪280兆円に達すると予想した。

最後に最新の数値を示します。
ステイグリッツはダラス連邦準備銀行の推計として「2008年の金融危機のコストは、年間GDPの40〜90パーセントに達し、今日の水準では16兆ドル(1760兆円)に相当する」と述べている(驚愕の数値!!)。
この記述はステイグリッツ著、2016年刊「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」P.73にある。




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< 4. 日米の実質GDP成長率 >

上のグラフ: 日本の実質GDP成長率。
バブル崩壊時のGDP低下はわずか数%で、かつ2〜3年で終わっているように見える。
しかしバブル崩壊の度に、経済成長率は1段づつ低下し、遂には0%に近づいたように見える。

下のグラフ: 米国の実質GDP成長率。
バブル崩壊時のGDP低下はわずか数%で、かつ2〜3年で終わっているように見える。
しかし日本と違って平均2%の成長を遂げている。
実はこれには裏があり、次回種明かしをする予定です。


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< 5. 日米の失業率 >

上のグラフ: 日本の完全失業率。
Aのバルブ崩壊から10年かけて失業率は2.5倍に上昇した。
如何に、このバブル崩壊が日本経済を傷つけたかがわかります。
円高は1985年の260円から1987年の120円になり、後は概ね横這いになったていたので、この景気低迷は円高だけでは説明できない。

下のグラフ: 米国の完全失業率。
Cのサブプライム住宅ローン危機では、それまでの20年近くの低い失業率が一気に悪化した。



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< 6.日本の政府債務残高 >

上のグラフ: 日本政府の債務残高の推移。
純債務は、総債務に対し、一般政府が保有する金融資産(年金積立や外貨準備など)を差し引いたもの。

1980年代には、財政再建が強く意識され、概算要求におけるゼロシーリングやマイナスシーリングの導入、民営化、消費税の導入等が行われた結果、財政収支は改善基調となり、1988年から1991年にかけて黒字となった。
1992年以降はバブル崩壊に伴う歳入減と景気対策としての減税・公共事業の拡大による歳出増に伴い、恒常的な財政赤字のはじまりとなった。
如何にバブル崩壊が財政赤字の増大を招くかをよく示している。

「国家は破綻する」の図14.5(p.338)によると、過去数十年間の世界の金融危機の実質公的債務は危機後の3年間で平均86%(40〜180%)も増加している。
いずこも同じことが起きているのです。

下のグラフ: 日本の部門別の貸出(+)/ 純借入(−)の推移(対名目GDP比)。
三回のバルブ崩壊に応じて、政府の財政赤字が増加し、家計の貯蓄が減少している。

一方、非金融法人企業は1990年に最大の赤字であったが、不思議なことにバルブ崩壊の度に赤字を減らし、遂には黒字となり家計の資産を越えた。
この理由は不明だが、違和感がある。



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< 7. 米国の政府債務残高 >

上のグラフ: 政府債務/GDP。

サブプライム住宅ローン危機後の2007年から2013年の6年間で政府総債務残高は1.9倍になり8兆ドル(900兆円)の増加になった。

現在は、過酷なバブル崩壊に見舞われると、政府は金融安定化と景気刺激策と称して莫大な公的資金を投じる。

このお陰で、経済成長率や失業率は早く回復するようになった。
しかし、その一方、政府は莫大な累積赤字を抱え込むことになった。

さらに、この莫大な公的資金投入は別の深刻な事態を生み続けている。
次回、説明する予定です。


下のグラフ: 金融を除く企業、家計、政府の債務額/GDPの推移。
2008年から緑線の政府の債務額が急激に増加し、遅れて2010年より赤線の家計と青線の企業の負債が減少し始めた。


詳しい経緯はわからないが、バブル崩壊に伴う家計と企業の負債は政府の累積債務に付け替えられ、結局、また国民の借金に先送りされただけに見える。


次回に続きます。





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2017年08月09日

フランスを巡って 33: ランスからパリへ

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今回は、ランスからパリまでの車窓風景と夕焼けのパリを紹介します。
私にとっては3度目のパリで30年ぶりになります。
パリで一泊して、次の日の朝、モンサンミッシェルに向かいます。




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< 2. 走行ルート、上が北です >

バスで移動したのは旅行日8日目、5月24日(水)の午後です。
パリまで145kmの道のりで、天気も良く、素晴らしい眺めを楽しめました。
写真は撮影順に並んでいます。



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< 7. パリに到着 >

中央の写真: セーヌ川を渡っている。
下の写真: セーヌ川の左岸を西に向かって走っている。

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< 8. シテ島を望む >

上の写真: ノートルダム大聖堂。

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下の写真: 黄金に輝くドーム教会の屋根が見える。


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< 10. ホテルからパリの夕陽を眺める >

撮影は9:40です。

下の写真: エッフェル塔が見える。


この日宿泊したホテルは「イビス ポルト ド モントイユ」です。
このホテルの直ぐ近くに大型スーパーがあるのですが、付近は通りにより治安が悪いらしい。
しかし、ホテルに着くと有難いことに、1階のフロント近くのドアから、外に出ることなく大型スーパーに行き来出来ることがわかりました。
さっそく買い出しに行きました。


次回に続きます。



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2017年08月08日

何か変ですよ 67: 日本の問題、世界の問題 3: バブル崩壊 1

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前回、金融的な破綻、デフォルトが世界で無数に繰り返されていることを知りました。
これから、バブル崩壊の問題点を見て行きます。
今回は、天才が引き起こす間抜けなバブル崩壊を見ます。



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第一章 はじめに
多くの人はほぼ10年ごとに起きるバブル崩壊が資本主義の宿命だと諦めているようです。
ひょっとすると竹森教授のようにバブルを成長の肥やしと考えているかもしれません。

バブル崩壊(恐慌)は、必ず起きる金融危機によって経済が深く傷つけられ、その後、不景気が数年から10年も続くことになる。

このことが繰り返されているにも関わらず、バブル途上では多くの人が浮かれ、また我先に利益を貪ろうと必死です。
かく言う私もかつては熱心な小口投資家の一人でした。

バブルの利益に預かる金融家や投資家だけでなく、もてはやされるエコノミストや企業家、政治家までが、この好況は未来永劫続くと称賛しているのが常です。

この不思議で滑稽な様はガルブレイス著「バブルの物語」(17から20世紀まで)に詳しい。
ガルブレイス曰く、「暴落の前に天才がいる」。
この天才達は画期的なシステム(経済、金融から事業モデルまで)を創造するが、一方で希代の詐欺師、妄想家、情熱家、独りよがりの無責任男とも言える。


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< 3. LTCMの総資産の推移 >

第二章 あるヘッジファンドの凋落
最近の事例として、1998年に破綻した米国のヘッジファンドLTCM(1994年創業)が特徴的です。

ノーベル経済学賞受賞者らが開発した画期的なプログラムで、様々な金融取引を自動で行わせ、数年間は驚異的な成績を叩き出した。
これにはFRB元副議長やソロモン・ブラザーズの元トレーダーも参画しており、人気はうなぎ上りで、各国から14兆円(レート110円/ドルで計算)の資金を集めていた。
しかしアジア通貨危機(1997年)、次いでロシアのデフォルト(1998年)で約5000億円の損失を出して破綻した。

ここから現代の病巣、米国が先導し世界に蔓延している金融の闇が見えて来る。

先ず、FRB(議長グリーンスパン)はLTCMの取引銀行に4000億円を融資させ、かつ市中銀行間での資金融通のフェデラル・ファンド金利を素早く大胆に下げて、金融不安の鎮静化を図った。
なぜ、こここまでして一企業を救済しなければならないのか?

放置すれば、被害が甚大だからです。
LTCMが実際に集めた資金は5200億でしたが、25倍のレバレッジをかけて、14兆円の資金(借金)を運用し、さらには世界の金融機関と138兆円の取引契約をしたからです。
(レバレッジとは、最大限の利益を得ようとして、手持ち資金の何十倍もの借金をすることです。国が規制緩和でこの率を許可している。)


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< 4. 米国の金融機関のレバレッジ率 >


ここで皆さんに、肝に銘じて欲しいことがあります。
それは世界の金融セクターでは、当方もなく貪欲な人々が、金の為なら無責任・無節操になり、あらゆる危険な手段に手を染めることです。
そして先進国はあらゆるかつての禁じ手(高率のレバレッジなど)を解禁し、私達の知らない闇の中でそれらが日々行われているのです。
これら禁じ手の多くは、1980年代以降に解禁されて来たのです。


またノーベル賞クラスの天才が、なぜ失敗したかを知っておくことも有意義です。
LTCMは「ロシアが債務不履行を起こす確率は100万年に3回だと計算していた」。
つまり想定外なのです。
これは前回の竹中平蔵会長やかつての福島原発事故での東電社長の言辞にもみられました。
この手のとんでも確率論は、原発事故の発生確率のように原発推進の米国著名学者が堂々と発し、また信じられて来たのと同じです。
どうやら想定外とは「当事者にとって将来起きてほしくない巨大な災厄」を意味するようです。


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< 5. 危機の後、証券化市場は壊滅した >


第三章 バブル崩壊を防ぐと信じられた夢の保証制度
当然、政府や中央銀行の当局者までもが、バブル絶頂期になっても崩壊が近いと気づかないことが多い。

サブプライム住宅ローン危機当時(2008年のリーマン・ショックから世界金融危機に発展)、「金融の神様」と呼ばれたグリーンスパンFRB議長はまったく安心していた。
彼は、当時構築されたばかりの世界に張り巡らされた画期的で高度な金融システム、見方を変えれば、複雑で誰が最終の責任を取るのかがまったく見えない様々なシステムに信頼を置いていたのです。

その一つが、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)と呼ばれる損害保険の金融商品で、これが急拡大し、2007年末に6800兆円に急拡大した。

簡単に言えばCDSは、A銀行がB企業に融資し、その貸し倒れリスクを避ける為に、A銀行が別のC銀行に保証料(例えば、融資額の0.3%)を払うことです。
もしB企業が倒産すれば、C銀行はA銀行にその融資額を支払うことになる。
もし倒産しなければ、C銀行は保証料が儲かる。
当時、CDSで保障すべきネットの金額は500兆円であった。
面白いのは、不安な融資元は平均して14倍も重複して保証させていた。
実はこれだけでも毎年の保証料は20兆円(保証額の0.3%として)にもなります。

グリーンスパン前議長は自叙伝で当時のシステムへの信頼をこう述べている。
「高率のレバレッジを効かせている貸し手からリスクを移転する金融商品は、グロバールな環境では、経済の安定に決定的に重要になる。・・・。
インターネット・バブル(2001年崩壊)がはじけて、・・・企業がかなりの割合で債務不履行に陥ったが、その結果、経営危機に陥った大手金融機関は一つもなかった。
最終的に損失を被ったのは、・・・CDSの主な売り手であった。
これらの機関は十分に損失を吸収することができた。・・・。」

結局、信頼はあっけなく崩壊した。
サブプライム住宅ローン危機では、三つの大規模金融機関(リーマンブラザースなど)が破綻し、金融危機は世界に広がった。

こんなカラクリは充分に破綻の危険があると、素人の私には思えるのだが。
第一、保証料を決めるデフォルト(破綻)の確率を読めるはずがない。
もっとも、当時、破綻の危険が読めないように信頼の低いサブプライムローンと他の金融商品を巧みに組み合わせ債務担保証券(CDO)を仕組んだのだろうが。

最大の問題は、緩和マネーが巨大であればあるほど市場はパニックになってバブル崩壊を急激で甚大なものにする。
つまり、CDSは小さな保証(自動車ローンの個人破産など)は出来ても、世界を巻き込む巨大なバブル崩壊、世界中の銀行の連鎖倒産などを止めることは出来ないはずです。
(緩和マネーとは、中央銀行が金融緩和により実体経済を凌ぐ莫大な資金を市場に投入した資金のことで、この行く先の無い資金が株などの投機に注がれることになる。)


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< 6. 世界の債務は急拡大中 >

繰り返すバブル崩壊とその救済策の強固なメカニズムによって世界は衰亡に向かうのだろうか?



第四章 バブルと向き合う
バブル崩壊は人間の性「貪欲」が招いたとも言えるし、これが繰り返されるのは「今度は前回とは違う」という期待と逃避の心理によるとも言える。

しかし、バブル崩壊を人類の悪癖だからと簡単に納得してしまってはならない。

一つには、バブル崩壊が確実に繰り返され、被害がより深刻化しているからです。

今一つは、バブル崩壊を生み出すシステムが益々強固になっているからです。
これによって莫大な富が一部の人々に集中し、さらに彼らがこのシステムを強化しているからです。

上記二つのことを理解できれば、我々がこれから何をしてはいけないのか、また何をすべきが見えてくるはずです。


次回に続きます。









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