2017年03月23日

中東に平和を! 73: なぜ疲弊したのか 11: 何が岐路になったのか? 2

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< 1. 南アフリカのソウェト >


前回、国が疲弊しているかしていないかは植民地化の程度でほぼ決まることを見ました。
今回は、歴史が国の疲弊の差を決定付けた明確な例を幾つか見ます。



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< 2. 隣接する国を比較します >


はじめに
日本民族が各段に優れているからこそ、他国から侵略されず、平和と繁栄を手に入れたと信じる人は多い。

それでは民族や宗教が同じであれば、同じ結果を得られたのでしょうか。
かつては一つであったが分割された2カ国はどうなったのでしょうか。

例えば、北朝鮮と韓国、ボリビアとチリ、東ドイツと西ドイツ、ボツワナと南アフリカなどを比べれば、先ほどの前提は怪しくなります。



何が違いを生んだのか?


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< 3.朝鮮半島の明暗 >

左の衛星写真: 夜の朝鮮半島。北朝鮮と韓国(下側)の経済の差が一目でわかります。
右上の図: 一人当たりのGDP。単位は10ドル(?)
右下の図: 政治の腐敗度。濃い赤色ほど悪い。

朝鮮半島は大戦後に分割され、北朝鮮はソ連占領下に置かれた。
一方、南側の韓国は米国占領下に置かれた。
この結果、現在の両国の一人当たりのGDPの差は22倍になった。



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< 4. 分割ドイツの運命 >

これと同様の結果を招いたのが大戦後のドイツ分割でした。
ソ連占領下の東ドイツと西側占領下の西ドイツの一人当たりのGDPの差は、1990年の統合時には約3倍に開いていた。注釈1.
このドイツ統合の陰で、国は経済力の差を埋め合わせる為に多大な苦労を強いられたが、乗り越えることが出来た。

分割前、これら隣接する国は一つであって、民族や宗教、文化は同じだった。
それが70と40年の間に、一方の国は経済発展が阻害され、政治の腐敗度が高進したのです。

これは共産主義体制による失敗として知られています。




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< 5. アフリカ南端の悲しみ >

上の写真: 左が南アフリカの首都で、右はボツワナの首都です。
下左の図: 一人当たりのGDP。
下右の図: 政治の腐敗度。

ボツワナはアフリカ南端の南アフリカと国境を接している。
南アフリカはアパルトヘイト(人種差別)で良く知られているが、ボツワナはオカバンゴ湿地帯などの野生動物の王国として知られているぐらいでしょう。
両国は民族や言語も異なるが、それぞれキリスト教徒が半数を占める。

先住民が多数を占めるボツワナとかつて白人が支配した南アフリカとの一人当たりのGDPの差は現在1.2倍ある。
驚くことにボツワナの方が経済力が上で、政治の腐敗度も低いのです。
この違いは、植民地時代に過酷な支配を受けたかの違いによる。

幸いなことにボツワナではGDPの1/3を超えるダイヤモンド鉱山が独立の翌年に発見されたのです。
逆に、南アフリカは同じ英国の植民地でありながらダイヤモンド鉱山の存在によって苛烈なアパルトヘイトを受けることになった。




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< 6. インカの末裔に訪れたもの >

上の写真: 左がボリビアの子供達、右がチリの子供達。
下左の図: 一人当たりのGDP。
下右の図: 政治の腐敗度。

これと同じことが南アメリカでもあります。
ボリビアは山間部にあり、海岸部のチリと国境を接しています。
現在、ボリビアの一人当たりの経済力はチリの1/3.6倍に過ぎない。注釈2.

両国は共にインカ帝国に属していたが、16世紀からスペインの植民地になり、19世紀初めには独立を果たしていた。
共にキリスト教徒が大半を占めている。

同じ境遇のように思えるが、何が違いを生んだのだろうか。
そのヒントは民族構成にある。
先住民の割合はボリビアでは55%だが、チリでは5%以下に過ぎない。
つまりチリは95%が混血を含む白人系の国なのです。
この違いは、16世紀よりボリビアのポトシ鉱山が大量の金銀を産出していたことに始まる。
スペイン人によってボリビアの先住民はこの鉱山で酷使され、チリは西欧からの移住者によって食料生産基地の役割を果たすようになったのです。

ここでも過酷な支配を受けたことが後遺症となっている。


次回に続きます。



注釈1.
アンガス・マディソン著、「世界経済の成長史 1820〜1992年」、p181より。

注釈2.
世界銀行による国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界でチリ51位(2013年)、ボリビア120位(2013年)です。

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2017年03月19日

何か変ですよ! 54: 捨てることが出来るか

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*1


誰しも既存のものに固執していると、発展のチャンスを失うことがある。
しかし、なかなか馴れ親しんでいるものをキッパリと捨て去ることは難しい。
今の社会について、少し考えてみましょう。



はじめに
手描きで行っていたデザインを、これからパソコンで描きなさいと言われれば、特に年配者には苦痛だろう。
慣れたやり方を捨てるのは辛いものです。

一念発起して海外に飛躍を求めるなら、人は友や故郷と別れなければならない。
サラリーマンは定年退職すると、それまでの収入や地位を捨てなければならない。
買った物を捨てることが出来ない人は、やがて家中が不用品で一杯になってしまうだろう。

捨てることは、結構辛い意思決定を伴います。

しかし今日、皆さんと考えたい問題は、社会や人類の未来についてです。

私達は多くの新しい技術や社会システム、思想を得て進歩して来ました。
一方で、私達は同時に多くのものを捨てて来ました。

我々が特別に意識せずとも、古いものが自然と廃れていくこともありますが、逆になかなか捨てることが困難な場合もあります。

知って頂きたい事は、かつて人類が捨てることを英断し、新しい局面を切り開いて来た事実です。
これなくして今の人類社会はなかったのです。


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人類は何を捨てて来たのか?
最も古いものとしては、四足歩行ではないでしょうか。
二足歩行で手が使えるようになった化石人類は、早く走れて安定性のある四足歩行を捨てることになりました。

歴史時代になって、人類は科学的な思考を取り入れたことにより多くの事を捨てて来ました。
それまで人々は病気や不幸の多くは、遥か昔の因果や実体のない穢れなどによると考えていました。
医学や技術の進歩と共に、これらは迷信と見なされ廃れて行きました。
新しい宗教を生み出したイエスや釈迦、孔子でさえ、一歩進んだ科学的理解を持っていました。

これらは長い年月をかけて発展し人類に多大な影響を与えました。

身近なもので、陳腐になってしまったものにはどのようなものがあるでしょか?
レコード盤、そろばん、戦艦大和などは明快な例でしょう。
いずれもこれら道具や武器は性能が劣ってしまったので使われなくなりました。
これらの転換を止めることは難しい。

逆に転換が困難なものもあります。
フロンガス、洗浄用の有機溶剤、自動車の排ガスなどです。

フロンガスはオゾン層を破壊することがわかり、現在、世界が協力して使用制限を行っています。
毒性の強い有機溶剤や排ガスも規制されるようになりました。
これらの規制は、社会の安全性の点からは必要なものでしたが、経済コストとの兼ね合いで、産業界から強い反対がありました。

逆の事例もあります。
日本が石炭から石油に転換を図る時、落命の危険がありながらも失業を恐れた労働者側は転換に反対しました。
一方、産業界側は石油の方がコスト的に優位だったこともあり、大きな労働争議となったが、結局、転換が図られました。
これで良かったのですが。


今の社会の礎となっているもので、大きな発想の転換が必要だったものには何があったでしょうか?

土地所有、特許状、株式会社、金本位制などは大きな転機となりました。

古くは、部族社会において土地は概ね共有であり私有ではありませんでした。

かって特許状の主なものは、王が恣意的に商人などに独占権を与えていたのですが、やがて、画期的な発明に対して国が発明家に独占権を与えるようになりました。

以前、事業者は負債を全額返済すべきでしたが、株式会社になると出資金(資本)の範囲だけの返済責務を負うだけになりました。

現在の経済と産業の発展は、この三つの要素が機能してこそだと言えます。

かつて金本位制は国家経済の安定に不可欠だと考えられていました。
貨幣が金に兌換出来ることで信用が得られ、また国も金保有量に応じた歳出しか出来ず、野放図を抑えることになりました。
現在は、これを放棄することにより経済成長(金融)を比較的自由にコントロール出来るようになりました。

我々は個人から国家、世界まで多くの事と決別して来たのです。


何が問題なのか?
人類と社会はより良くなるために、かつての栄光や習慣的なもの、また危険で害を及ぼす物など使用を止めるようになりました。

規模の大きい転換はけっして容易ではなく、あらゆる既得権益層(産業側や労働側など)の抵抗がありました。
また人々の意識転換が必要なものもありました。

今、私が問題だと思うのは二つです。

一つは原子力産業です。
福島の原発事故被害の甚大さ、東芝の原子力事業の膨大な負債を見れば、これからも国が原子力産業を推し進めてくべきものとは思えません。
これは単純に既得権益層の擁護と惰性から続けているだけに過ぎない。

人類が幾度も乗り越えて来た捨てることの英断を、今こそ行うべきです。


いま一つは、トランプ現象と関わる問題です。
米国が主導して来た野放図なグロ―バル化によって、米国の中間層以下の労働者は仕事を無くして来ました。

グローバル化は世界にとって必然であり、国全体として経済的メリットを享受することは明らかです。
しかし、各国の競争力のない産業はやがて衰退する運命にあることも明白です。
この部分が、あたかも自己責任として放置されて来た結果、不満が爆発した。

ここに二つの問題があります。
一つは、グローバル化の恩恵が偏在しており、逆にそのしわ寄せが労働者にのしかかり続けていたのです。
つまり所得格差で拡大であり、米国は特に大きくなっています
これは政府サイドの問題です。

もう一つは、労働者側の問題です。
誰しも仕事していれば理解出来るはずです。
皆さんは作業方法の変化や、製品と業種の栄枯盛衰を身に染みて感じているはずです。
すべて国任せで、仕事や企業の衰退を補うことは出来ません。

やはり、自ら変化や衰退に備えて、自己の革新を日頃から行わなければなりません。
今や米国は、かっての英国病のように、国力の衰退だけでなく、精神的にも衰退しているようです。


何が大事なのか?
国政でも、個人でも、既成や惰性と決別し、前に向かっていく心意気をもたなくてはいけない。

それが出来ない社会は衰退するしかいないのです。




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2017年03月14日

海外旅行のすすめ 1: はじめに

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< 1.ホーチミンにて >


私は約30年で海外30ヵ国以上を訪れました。
そして様々な感動を得て、多くの事を学びました。
これから皆さんに海外旅行の素晴らしさをお伝えしたいと思います。


はじめに

これからお話することは海外の絶景や観光地の事より、主に私がそこで何を感じ、何を知ったかについてです。

私は周囲の多くの人が海外旅行に興味を持っていないことに驚かされます。
これはこれで良いのですが、それらの人の多くは海外事情に無頓着で、特に欧米先進国の良さに疎い。
海外を知らないと、どうしても井の中の蛙に陥りがちです。

もっとも今の私は好奇心が疼くから海外旅行に行っているようなものですが。

日頃、思索し、本を読み、調査結果をブログに書くようになると、海外旅行で知った生きた知識は本当にありがたい。
また私はある商品開発で海外の見聞がヒットに繋がりました。


私が海外旅行に関心を持ち始めたのは、私の父がプラント設置のためによく長期海外出張したからでした。
その後、私が勤めた会社で、海外へ視察や慰安旅行に度々行くことになりました。
サラ―リマン時代は、暇が無くて海外旅行には行けなかったのですが、早々と定年してからは、毎年、夫婦で海外旅行を楽しんでいます。

これから、私の様々な海外旅行の体験を元に、皆さんに旅行の素晴らしさ、喜び、得たものを紹介したいと思います。



私が訪れた海外
私の訪問先の概略を紹介します。


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< 2A、B. 私が訪れた海外 >

赤枠と赤線は、私が旅行や視察で訪れた地域です。
日本に近い所から紹介します。
夫婦で行っていない場合のみ特記します。
ツアーとは旅行会社の企画旅行のことです。
既にブログで紹介している旅行記は「タイトル」を付記します。
ブログサイトによっては上記旅行記を削除している場合があります。


1. 韓国
計3回旅行し、内1回は慰安旅行で3日間のソウル観光で、残り2回は4日間の周遊ツアーで行きました。

1回目のツアーでは夢中になっていた韓国歴史ドラマ「ソドンヨ」「チャングム」と景観が重なり大いに盛り上がりました。
連載「韓国旅行」は2回目のツアーです。


2. 中国
計7回訪問し、内3回は慰安旅行で北京、上海、香港・広州をそれぞれ3日間で観光しました。
工作機見本市の視察の為に、上海に行きました。

厦門(アモイ)を訪ね、中国の友人の案内で4日間の心温まるディープな旅行を楽しみました。
「驚きの要塞住居」。

5日間の西安・洛陽を巡るツアーに私一人が参加しました。
「秦の始皇帝の兵馬俑」。
桂林5日間のツアーで行きました。
連載「桂林を訪れました」。

80年代、大都市広州を深夜一人で街歩きをして、中国の発展を確信することが出来ました。
中国を旅行していて歴史遺産の保存状況が悪いので興覚めすることも多いのですが、それでも日本に深く影響を与えた様々な事跡を見ることは感動的です。
また30年の間、幾度も訪問し、その経済や技術の発展の凄さを見ることは愉しみです。
  

3. 台湾
計2回旅行し、内1回は台北3日間の慰安旅行で、これが私の初めての海外旅行でした。
後に5日間の台湾一周ツアーで行きました。
「台湾旅行1: 太魯閣(タロコ)峡谷」。

1回目当時、台湾は白色テロの末期だったのですが、夜中、一人での街歩きで印象は大きく異なりました。
2回目では、中国本土に比べて短いその歴史と日本の植民地時代の名残に気付かされる旅になりました。


4. ベトナムとタイ
1回だけですが、初めてのタイプの海外旅行をしました。
連載「ベトナム旅行」。
姪の結婚式参加に合わせて、ホーチミンとバンコックを中心に9日間の自由旅行を計画し、ホーチミンではベトナムの友人と久しぶりの再開を果たしました。

現地の友人に案内してもらう旅はこれで2回目になりましたが、その国の文化や生活、社会状況を知るには最高の贅沢でした。


5. トルコとエジプト
トルコ一周とカイロを巡る13日間のツアーで行きました。
連載「トルコ旅行」、「トロイ」、「サッカラのピラミッド」。
夫婦で最初のアジア外の旅行でした。

この旅で、トルコの地方の生活を見てイスラム圏に対する偏見が消え、逆にかつての覇者エジプトの経済低迷に関心を持つようになりました。


6. パリ、スイス(2都市)、ドイツ(3都市)、コペンハーゲン、ストックホルム
これは私の最初の視察旅行で、ヨーロッパを代表する工場の視察と観光も加えた1週間以上の旅行でした。

私はこの旅行で、西欧の労働や生活スタイル、街並み、社会制度の素晴らしさを身をもって知ることになりました。


7. ドイツのハーノーバーメッセ(国際見本市)見学
これは2回目の視察旅行で、パリ観光以外はハンブルグに連泊し、3日間列車で見本市会場に通いました。

私は、この見本市の巨大さに驚き、また機械や機械工具の優れたデザインに感銘を受け、後に製品開発にその発送を生かすことが出来ました。


8. ドイツ、オーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア
12日間ほどで、ドイツ・中欧・東欧を巡るツアーで行きました。
「ハルシュタット」、連載「チェスキー・クルムロフ」。

この旅を一言でいうと、中世の街にタイムスリップし、ロマンチックに酔いしれた一時でした。


9. スペインとポルトガル
スペインの東北部を除いて主要な観光地を訪れる13日間のツーで行きました。
連載「スペインとポルトガルを巡る旅」。

イスラムとキリスト教文化の対立と融合の歴史、大航海時代の胎動、広大な荒野と少し古びた街並みを味わった旅になりました。


10. ドバイ、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ
バルカン半島のアドリア海に接する国を巡る9日間のツアーで行きました。
連載「クロアチア・スロベニアを巡って」。

天気に恵まれたせいもあるのですが、アドリア海と共に生きる暮らしと中世海洋都市国家の面影が鮮明に今でも思いだされます。
さらに内陸部の複雑な民族混合の歴史が招いた内戦を深く理解することにもなりました。


11. 地中海とカナリヤ諸島を巡るクルーズ
15日間で、イタリア(3都市)、スペイン(2都市と島)、モロッコ(1都市)、ポルトガル(島のみ)を観光付きクルーズツアーで行きました。
連載「地中海とカナリヤ諸島クルーズ」。
初めてのクルーズでした。

大西洋に浮かべ島々への早朝の着岸、カサブランカとバルセロナの街歩きが楽しい思い出になりました。

12. ロシア、バルト三国、ワルシャワ
9日間のツアーで行きました。
連載「ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅」。

大陸北方の自然の厳しさと黄葉の美しさを見ることが出来ました。
また、この地の歴史と社会状況に興味を持って旅立ったのですが、現地での観察と人々との対話が、大いに私の理解を深めることになりました。



今後、私が行きたい海外
まだまだ行きたい所はあるのですが、旅行資金がそろそろ底をつきそうなので、希望だけを記します。




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< 3A、B. 今後、私が行きたい海外 >

青枠は今年と来年中に行きたい優先度の高い国です。

1. フランス一周
南仏、ストラスブール、パリ、モンサンミッシェルなどを2週間ほどで巡りたい。

2. バリ島滞在
海岸リゾートと山間部のウブドにそれぞれ滞在し、じっくり自然と文化に浸りたい。

3. 米国一周
世界のリーダー米国の首都と東海岸、西海岸、南部、中西部の代表的な5都市を2週間ぐらいで見て回りたい。
そこで社会と文化、人々に触れ合いたい。


ピンク枠は出来れば半数は行きたい海外。
東側から順番に紹介します。

4. 南米ペルー
インダス文明の遺跡とイグアスの滝を訪れたい。

5. メキシコ
現代のメキシコ社会、マヤ文明の遺跡とカリブ海を見たい。

6. インド
現代のインド社会を見て、仏教とヒンドゥー教の遺跡を巡りたい。

7. イラン
悪の枢軸と呼ばれながらも内戦の無い強固なイスラム社会、さらに昔ながらのたたずまいを残すイスラム都市とペルシャの遺跡を巡りたい。

8. イスラエル
中東問題の震源地、ユダヤ教とキリスト教の誕生の地、人類農耕の揺籃の地を巡りたい。

9. ギリシャとクレタ島
難民問題で揺れるギリシャを見て、古代ギリシャ文明、エーゲ海文明とビザンチン文化の遺跡、エーゲ海を巡りたい。

10. バルカン半島とブルガリア、ルーマニア
民族大移動の通り道、東西南北の文化が衝突し混淆する地域を訪れたい。
前回はセルビアやマケドニアを旅していない。

11. 南アフリカ
アフリカの南端、動物の王国、アパルトヘイトの国を見たい。

12. ベネルックス三国
オランダ、ベルギーを巡りたい。

13. 英国周遊
西欧史を理解するには英国は省けない。

14. 再び中国
まだ敦煌(シルクロード)、開封、大連(旧満州)、雲南、成都を訪れていないが、
大連と雲南は出来れば行きたい。


補足
利用したツアー会社は、ジャンボツアーズ3回、JTB1回、残りはすべてトラピックスです。
好みの旅行がありクラブツーリズムを予約することはあったのですが、結局はキャンセルしています。
自由旅行ではファイブスタークラブを1回使いました。


次回に続きます。



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2017年03月11日

中東に平和を! 72: なぜ疲弊したのか 10: 何が岐路になったのか? 1

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< 1. 様々な国 >

Aは日本、Hはボリビア、Iはシリア、Cはスイスです。


今、世界には繁栄と平和を享受している国がある一方で貧困と紛争に喘ぐ国がある。
この落差は何に起因しているのだろうか?
そこには我々が学ぶべきものがある。




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< 2.世界各国の違いを見る >

上の図: 一人当たりの国内総生産GDP。濃い青色ほど高い。
下の図: 政府の腐敗度。濃い赤色ほど悪い。


はじめに
私達はこの落差を当然な事として受け入れている。
しかし、この落差がある共通の原因で起こっているとしたらどうだろうか?
世界の現状を簡単に見てみましょう。

順調な国の代表としてはA日本、Cスイス、Dアメリカ、Eオーストラリアでしょう。注釈1.
これらの国は国内総生産が高く、政治の腐敗度も低く、内戦もない。

他の大陸の180ヵ国を越える国々は悪戦苦闘している。
多くは経済が低迷し、治安が悪く、政治は腐敗している。

かつてアメリカとオーストラリアは植民地だったが、白人の国になった。
スイスは植民地になっていない。
日本はまったく他国に支配されたことがない。

これらに共通しているのは植民地支配を受けた人々(先住民)の国ではないことに尽きる。
他に、共産主義による独裁を経験していないことも重要です。注釈2.




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< 3. 植民地を経験していない国 >

植民地になっていない国はヨーロッパ、ロシア、日本を除いてほとんどない。


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< 4. 過酷な植民地化を逃れた国々 >


過酷な植民地化を逃れた国々
植民地になれば必ず疲弊すべき国になるのでしょうか。
例え植民地化され、先住民が主体の国でも稀に難を逃れた国はあります。注釈3.

南大西洋に浮かぶフランス領のタヒチ(注釈4)と南米のギアナは、資源が少ないか過酷な自然条件なため、むしろ支援を受けています。

ボツワナは過酷な植民地となったアフリカにあって、比較的順調な国と言えます。
1966年の独立当時、最貧国でしたが、順調な経済成長を遂げています。
注釈6.
これは当時、複数の王が協力し外交によって自立性を維持したからでした。
しかし、ここでも重要なのは、ここには産物も鉱物資源もなかったからでした。

つまり、搾取すべき資源が無い国は難を逃れたのです。

Bタイは、植民地化された東南アジアにあって唯一独立を通し、内戦の憂き目に合っていない。注釈5.
これは王家の優れた外交手腕のおかげもあったが、実は、英仏勢力の緩衝地帯にあったからです。

このタイと同様に主に地政学的な理由で、小国のCスイスやA日本が植民地化の難を逃れたと言えます。


また、例え植民地だったとしても、白人移住者が大半を占めてしまうと状況は変わります。

EオーストラリアはDアメリカと同様なのですが、当時、不毛な大地ゆえに先住民を酷使し産物を奪取する社会体制が成り立たず、入植者達は自ら生産に携わる平等な社会を作るようになったのです。
この間に、先住民は過酷な憂き目に合い、人口を減らしていくことになるのですが。

複雑な歴史を敢えて要約すると、これらの国々の共通点は、植民地による苛烈な支配構造が出来なかったことです。
残念ながら、これらは稀なケースでしかないのですが。


次回に続きます。


注釈1.
他にも、西欧や北欧、北米に良好な国はあります。
西欧は植民地化を行った国なので省きます。

注釈2.
共産主義の独裁を経験した国も疲弊する国家へとなってしまうのですが、ここでは話を簡略化するために割愛します。

注釈3.
植民地になった国の多くは先住民(黒人、インディオなど)が主体です。
しかし、入植者の白人や強制連行された黒人が先住民より多い国もあります。

注釈4.
IMFによる国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で46位(2012年)です。

注釈5.
今の王家になってからは内戦や戦争の難を逃れているが、軍部によるクーデターは幾度も起こっている。
その度に、王が仲裁に入り、事態の悪化を逃れている。


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2017年03月06日

中東に平和を! 71: なぜ疲弊したのか 9: 帝国主義の心性 2

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*1

前回に続いて事例を数点記し、まとめます。
帝国主義に走った人々の心に迫ります。



事例E
19世紀フランスの「レ・ミゼラブル」の著者ヴィクトル・ユーゴは1879年、奴隷制廃止記念の祝宴でこう述べた。

「 南下したまえ! 
アフリカには歴史がない。
しかしアフリカは世界にとって重要だ。
アフリカに人が住んでいれば、それは未開的野蛮だ。
諸君の抱く過剰なものをアフリカにつぎこみ給え!
同時に諸君のもろもろの社会問題を解決し給え! 」

国内で社会的正義を訴える一方で、非西欧世界に対しては差別的でした。注釈1.



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< 2. ニュー・カレドニア >

事例F
1888年に発行されたフランスの植民地について書かれた本から、ニュー・カレドニアの記述を引用します。注釈2.

「この広大な土地で半世紀も経ないうちに人口7万が2万3千人になった。
人口減少の原因はさまざまである。
・・・・
イギリス人、スペイン人、アメリカ人、オーストラリア人たちは植民地占領の当初に原住民狩りをしたが、我々は原住民狩りをしていない。
フランスは・・・すべての野蛮な民族に対して人間的であり、『墓場の上に植民化』しようとするといった非難を浴びることはないだろう。」


事例G
1905年、ある原住民保護の集会で一人のカトリック牧師が言った。注釈3.

「フランス本国で泥棒や盗みは罰せられるのに、遠いアフリカの赤道下の黒人や衣服の違う中国人のところでは罰にならないのか。
エゴイズムによるものがある。
それは理性やキリスト教精神によっては禁じられているものだ。
二種類の道徳がある。
・・・
我々を害するものは他の人々には禁じられ、その同じことがわれわれの得になる時は許されている。
・・・我々の影響圏を拡大し、商品の販路をつくり、植民化し、劣った人種を文明化するなどいっているのだ。」


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事例H
1994年刊行の歴史教科書の帝国主義から引用。注釈4.

「このナショナリズムの高まりは、長らく引き継がれてきたヨーロッパ全体の連帯感を損ないはしなかった。
というのは、この感情は世界の他の国々に対する、集団的な優越意識によって醸成されてきた、という部分が大きかったからである。
またそれは、裏返しに、いつの日か、外国の勢力、特にアジアの勢力によって脅かされるのではないかという恐怖心からも強められていた。」


西欧人はなぜ帝国主義に走ったのか?
帝国主義を牽引した人々には経済的・政治的な動機があったとしても、なぜ国民はその収奪行為を許したのだろうか?
私は国民が以下の心理によって罪の意識を回避出来たと考える。

* 西欧文明の優越: 異なる文化・社会制度・風習を低俗と見なす。
* キリスト教の優越: 異教徒への宣教の為には何でも許される。
* 白人の優越: 白人以外の人種をすべて未発達と見なす。

* 異文明に対する恐怖: アジア等の侵略を懸念。注釈5.
* 西欧内の競争心: 競争に遅れると敗者になる恐怖。

これらは当時の状況から生まれたものですが、よくよく考えてみると西欧以外でも起こりうるものです。

要は、よほど自制しない限り何時でも起きることなのです。


次回に続きます。


注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」のp45より.

注釈2.
同上のp174より.

注釈3.
同上のp182より.


注釈4.
同上のp151より.
詳しくは「ヨーロッパの歴史・欧州共通教科書」のp322より。

注釈5.
特に1905年の日露戦争後の日本に対して。


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2017年03月02日

ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 35: ワルシャワ5 ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 35: ワルシャワ5

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今日は、ワジェンキ公園の残りを紹介します。
今日で、この旅行の紹介を終わります。
長らくのお付き合い有難うございました。




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< 2.ワジェンキ宮殿の2階 >

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< 3.ワジェンキ宮殿内 >


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< 4.ワジェンキ宮殿 >


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< 5.公園で見かけた動物たち >

上の写真: 孔雀がいる。
下の写真: 左の木の陰をリスが走っている。
この公園内で、他にもリスを見ました。



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< 6.広々とした公園 >



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< 7. ホワイトハウス >

18世紀に建てられたかつての王族の住居。


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< 8.かつての温室 >

下の写真: 18世紀に東方の植物として珍重されたオレンジなどの樹木を寒い季節の間、養成するための温室の原型。
太陽光を取り入れる為に窓が大きくなっている。
現在は劇場になっている。



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< 9.ショパン像 >

下の写真: 毎年夏に、この像の前でショパンコンサートが行われる。



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< 10.お別れ >

上の写真: 柳の木の下に座り、故郷の自然を眺めるショパンを表現している。

下の写真: ワジェンキ宮殿横の道路。
ここからバスに乗り、空港まで行って、ポーランドを後にしました。


あとがき
異郷の世界を楽しく巡って来ました。

荒涼とした原野、のどかな田園地帯、鬱蒼とした森林を駆け抜けて来ました。
北の広大なバルト海に接した五つの国が交易と戦争で関わり続け、千年の歴史と文化を築きあげて来ました。
旧市街の街並みから、私はロシアとヨーロッパとの関わりを読み解くことが出来ました。

モスクワやサンクトペテルブルグのロシア帝国時代の有名な建物はイタリアの建築家の手になるものが多い。
バルト三国も、訪問前のイメージとは異なり、特に旧市街が非常にヨーロッパ風でした。
ワルシャワの古い建物は当然、ヨーロッパの影響が強い。
一方で、スターリン様式やタマネギ風の屋根の教会に見られるように、ロシアやソ連時代の影響が残っている。

私はそこに暮らす人々と話をする貴重な機会を得ました。
そして今まで疑問に思っていた幾つかの歴史的事件や社会問題について理解を深めることが出来ました。

色々、各地のスーパーに入り、豊富な生活用品や食品などを見ていると経済は発展しているようでした。

ポーランドは東欧の遅れた国とのイメージがあったのですが、戦火からの再建をやり遂げて発展している。
バルト三国も、かつての苦難を乗り越えて順調に発展している。
ロシアの都市部の発展は良いが、車窓から見た地方の暮らしは遅れているようでした。

この地域の歴史やロシアの様子を知ると、やはり不安がよぎる。
石油安でロシアの景気後退が深まると、世界がナショナリズムに突き進んでいるように、ロシアは容易に道を踏み誤る可能性がある。
それは私は数人のロシア人との会話から、ロシアの偏向報道を感じたからです。
翻って、日本の報道もここ数年、自由度が低下して来ているので不安です。


また、旅行の仲間で面白い人がいました。
高齢の女性が一人でツアーに参加しておられたのですが、非常にお喋りで、好奇心旺盛な人でした。
しかし、話をしているうちに、彼女は苦難にあっても、いつも挑戦し続け、道を切り開いて来ました。
その積極性と能力は人並み外れていました。

そして最後にわかったことは、彼女の息子さんが芥川賞を受賞された作家だったことです。
やはりこれぐらいの女性だからこそと感心したものでした。

やはり旅行は面白く、刺激に満ち溢れたものです。


これで終わります。




2017年02月24日

中東に平和を! 70: なぜ疲弊したのか 8: 帝国主義の心性 1

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前回、帝国主義を進めた西欧の心性について語りました。
今回は、その本音を垣間みることにします。



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事例A
日本に初めてキリスト教を伝えたことで有名なザビエルを見ます。
彼はスペインの貴族出身で、教皇の精鋭部隊として「イエズス会」を創立し、対抗宗教改革を担った。注釈1.

世界宣教の為にインドのゴアを目指し、数年宣教している。
この時の1546年、彼はインドで欧州式の宗教裁判を開くように求めている。
当時、スペインでは魔女狩りや異端審判が吹き荒れていた。

彼が日本に発った後、ヒンドゥ−教徒が魔法を使うとして数十名が異端者として火刑になっている。注釈2.


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事例B
18世紀フランスの哲学者モンテスキューの著書「法の精神」から引用します。注釈3.

「きわめて賢明な存在である神が、魂を、特に善良な魂を、真っ黒な肉体に宿らしめたことなど考えられない。
・・・・
・・・・
もし我々が彼らを人間と考えるならば、人々は我々のことをキリスト教徒ではないと考えるだろう。」

彼は人道主義的な発言をしてはいたが、黒人は別扱いでした。

例えば、カリブ海に浮かぶハイチに1492年、コロンブスが到着した。
先住民のインディアンが大量虐殺され、代わりに黒人奴隷が運ばれて来た。
18世紀になると、フランスがハイチを占領し、サトウキビとコヒー栽培で巨万の富を生み出していた。
そしてモンテスキューは間接的に黒人奴隷売買で利益を得ていた。

また当時の黒人奴隷貿易を擁護したパンフレットより。

「文明の先駆者である奴隷商人は俗世の修道士である。
彼らは哀れな異教徒を野蛮、狂信、迷信より救ってやるのだ。
黒人奴隷をアメリカに上陸させることで天国の門を開いてやっているのだ。」


事例C
1834年、フランスの政治家、詩人のラマルティーヌは議会で発言した。注釈4.
彼は財政的な理由でアルジェを放棄することに反対した。

「我々はアルジェを手放すことは絶対にない。
・・アルジェがフランスにすべての必要な利益をもたらさない場合、軍事的植民地として、また未開の野蛮に対する文明の前衛として、さらに我々に属する海である地中海に浮かぶ船として、・・・」

彼はアルジェを放棄しアラブに渡すことは文明の野蛮化に他ならないと言う。


事例D
1853−55年、フランス貴族が「人種不平等論」を著し、熱狂的に受け入れられ、後にナチスから人種主義の聖書とされた。注釈5.

「我々のところでは、この30年来、世界の他の人々を文明化し、しかじかの国に文明をもたらすということを頻繁に耳にする。
よく観察したが無駄である。
今も昔もそれによって何らかの結果が得られたとは思わない。
・・・
・・・(文明化)はその国の人々を消滅させるか人種的に混ぜ合わせるかによってである。」

「黒色人種は階段の下に立っている。
・・・
黄色人種は肉体的エネルギーが乏しく、また無感動なむきがある。
・・・
白人は反省する力というか、力強い知力に恵まれている。
彼らは有用性に対する感覚を持っているが、それは黄色人種よりも広く高く、より勇敢で理想的である。」


次回に続きます。




注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」p30より.

注釈2.
この火刑はザビエルの意向ではないかもしれないが、彼らは異教徒に厳しい

ゴアで宗教裁判が行われたのは、当時、この地がポルトガル領インドの首府であり、ローマ教会布教の中心地になっていたからです。
もしかしたら、日本が西欧の植民地になっていれば同じことが起きたかもしれない。


注釈3.
参考文献、同上のp61,62より.


注釈4.
参考文献、同上のp90より.


注釈5.
同上のp99,100より.

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2017年02月22日

ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 34: ワルシャワ4

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今日から、ワジェンキ公園を紹介します。
陽光に輝く黄葉、湖面、宮殿を見ながら広葉樹林の中を散策しました。
孔雀やリスが晩秋を惜しんでいました。
2017年10月4日に訪れました。


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< 2. ワルシャワの中心街 >

上の写真: スターリン様式の文化科学宮殿。



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< 3. いよいよワジェンキ公園 >

下の写真: ワジェンキ公園の北側から入園、無料。
これはクラクフ郊外通りを2kmほど南下した所にある大きな庭園で、ポーランドの最後の王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキによって18世紀に30年をかけて造営された。



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< 4. ワジェンキ宮殿が見える >

上の写真: ポーランド王ヤン3世ソビェスキの像。
1683年、オスマン帝国15万の軍による第二次ウィーン包囲に対して、彼はわずか3000の騎兵で中央突破し、勝利に導き、ヨーロッパを救った英雄と讃えられた。
この像は、これを記念している。
 
下の写真: 池の奥にワジェンキ宮殿(水上宮殿)が見える。
ヤン3世ソビェスキの像の前から見ている。



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< 5. ワジェンキ公園  >

上の写真: ヤン3世ソビェスキの像がある橋。



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< 6. ワジェンキ宮殿に向かう  >

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< 7. ワジェンキ宮殿に迫る >

この宮殿は造園を命じた王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキが、夏の宮殿として使用した。
彼は前の所有者が浴場として使用していた建物を改造した。
この建物はポーランド・リトアニア共和国が滅亡した後、ロシアに売却され、第二次世界大戦ではドイツに美術品は盗まれ破壊されたが、修復された。



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< 8. ワジェンキ宮殿の南側 >



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< 9.ワジェンキ宮殿の南側の池  >



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< 10. いよいよワジェンキ宮殿に入る >




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< 11. ワジェンキ宮殿内 >

上の写真: 宮殿のホールで学習する子供達。

下の写真: 宮殿のホールから池の北側を見る。


あとがき
実は、この時期、例年なら黄葉が美しいのだそうですが、この年の夏が小雨だった為、残念ながら多くの黄葉が茶褐色を帯びていました。
従って、あまり黄葉の写真を撮っていません。
それでも遠目には美しかった。

次回に続きます。




2017年02月20日

何か変ですよ! 52: トランプの評価を巡って

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不思議なことがある。
大衆はなぜ突如として極端な行動に出るのだろうか?
トランプ大統領の選択がその好例です。

不思議なこと

私はトランプに関する本を6冊読んだが、トランプ大統領の評価は混乱している。

彼の就任は悪化している米国の現れか、彼の希代の才能ゆえか、それとも何かの間違いか?
我々は彼に期待すべきか、はたまた最悪の事態に備えるべきか?
これは世界にとって吉兆なのか、それとも凶兆なのか?

これら相矛盾する評価から、米国社会と世界の混沌が見えて来ます。

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相矛盾する評価

*トランプ氏に対する評価
意見は大きく二つに分かれる。

トランプを高評価する人は、彼は群を抜いた交渉力を持ち、幾多の困難を乗り越えたビジネスマンで、機を見るに敏だと言う。
また彼は自己資金で戦ったので既成勢力と無縁で、正直者だからと期待されている。

彼を否定する人は、彼は感情的、ナルシスト、守銭奴だから信用出来ないと言う。
また彼は政治経験がなく、極右で、煽動家だから危険だとされている。


*トランプ氏が選ばれた背景
概ね以下のように要約できる。

幾多の有力候補やヒラリーが嫌われ、投票率が低い背景に、ホワイトハウスへの根深い不信感があり、大衆は既成政治との断絶を求めた。
さらに白人層の危機感と女性蔑視が大きく作用した。

彼は大衆の不満(移民、ムスリム、派兵、失業など)を積極的に取り上げ、既成概念に囚われない解決法を示した。
それをデマゴーグと非難するマスコミと他候補に対して、彼は悪態とメール発信でやり込めることが出来た。

彼はテレビ番組の人気者であったが、当初、泡沫候補と見られていて、マスコミは興味本位に彼を扱ったことより、露出度が非常に高まった。
マスコミは彼の人気が出てから批判を始めたが、既成勢力と非難され、逆効果となった。

他に、米国における闇の支配者などの陰謀説もある。


*著者たちのトランプ大統領の評価

彼をレーガンやエリツインになぞらえ、彼こそが米国で創造的破壊を起こしてくれるとの期待がある。
確かに、他の候補では超富裕層による支配、戦争継続、移民増大、格差拡大が続く可能性がある。

当然、危険視する意見もある。
彼のほとんどの解決策はデタラメで、特に経済政策、結局は米国と世界を混乱に陥れる可能性が高いと見られている。

結局、ジリ貧になっていく白人層は、溺れる者は藁をも掴む心境のようだ。
日本もこうならないように願いたいのだが。


様々な疑問

A: 経済に創造的破壊は必要だが、大統領が旗を振ってうまく行くのだろうか?

歴史的には、イギリスの産業革命などのように、良い創造的破壊が起きる時は、それぞれの利益を代表する集団が交渉し妥協しながら自由裁量権を得て、イノベーションへの意欲が持続する時です。
残念ながら、現状は金権政治(超富裕層による支配)で社会の調整機能が失われているのですが。

彼が進める公害防止や金融規制などの緩和・撤廃、また相続税廃止などの富裕層減税は、明らかに弱者を増やすだけで、創造的破壊とは別物です。

世界を牽引している米国の情報通信などのイノベーションは政府の関与とは言えない、また移民も大きく関わっている。



B: 大統領に破壊を期待すると、何が起きるか?

レーガンの経済政策により、後に米国は双子の赤字と格差拡大で苦しむことになり、日本は円高を飲まされることになった。

エリツィンの経済政策により、ロシアはハイパーインフレを起こし経済破綻し、プーチンの独裁を招くことになった。

ヒトラーの例は既に述べました。

レーガンはインフレを抑制し冷戦終了を導いた、またエリツィンはソ連崩壊と共産経済の低迷からの脱出を導いたと言える。

結局、国民は混乱に備え、相当の覚悟が必要です。



C: 大統領に人格や見識は必要ないのだろうか?

例えば、彼は数度の倒産にもめげず大富豪に成り得たのだから素晴らしい胆力と能力を持っていると評価される。
見方を替えれば、幾度も借金を踏み倒し、従業員を路頭に迷わせたのだから、無計画で無責任な人間とも言える。

実際、彼のビジネス手法には違法まがいが目立ち、また脱税(節税)しているらしい。
はたしてこのような人物に国を任して良いのだろうか。


D: トランプを期待する心理の不思議。

概ねトランプを評価する著者らは共和党寄りのように思える。
彼らは民主党政権には辛辣だが、共和党への悪口がまったくない共通点がある。
逆も真なりですが。

例えば、ヒラリーは多額の献金を受け、戦争を拡大させ、裏で汚い事をしていると罵る。
また民主党政権は中東で手を打たなかったから戦火が拡大したと言い、一方でトランプは外国に干渉しないから、世界は平和になるとも言う。
中東を大きく混乱させたのはブッシュ親子だと思うのだが。

私は、どっちもどっちで、まだ民主党の方が少しましなように思えるが。

また、盛んに陰謀論を唱える福島隆彦は2016年7月出版の本で、ロックフェラーがトランプに決めたと自慢げに書いている。注釈1。
キッシンジャーとトランプの娘婿の父親は共にユダヤ系の大物であり、彼らが仲介したと説得的でした。

しかしその年の4月の彼の本を見ると、ロックフェラーがヒラリーに決めたと書いていた。注釈2.

陰謀論は読んでいてワクワクするが、少し考えれば腑に落ちないことが見えてくる。


まとめ
やはり、米国は病んでいる。
米国主導のグローバリズムによって世界も病んでいる。
グローバリズムが悪いわけでは無いが、自由放任が悪い。

いつしか、既得権益層が社会を牛耳り、格差拡大が蔓延し、大衆の団結を防ぐ為に疑心暗鬼が煽られ、分断が深まった。
そして社会を変えられない大衆が焦り、そしてポピュリズムによる大きな左右への揺れが起きた。

この状況は、帝国主義やファシズムを生み出した社会と酷似しているように思えるのだが。
この時も、ナショナリズムと保護主義が世界に蔓延して行き、2度の大戦へと繋がった、

皆さん、どうか自分の身を守る術を考えておいてください。



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参考文献の紹介
*「トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016 」
渡辺由佳里著、2017年1月刊。

彼女は米国で長年暮らしているジャーナリスト。
この度の大統領選の集会などを直に取材し、市民の眼からレポートしている。
トランプを支持する人々(主に白人)の実態が良く伝わってくる。
彼女はヒラリー寄りで、リベラル派の惨敗に気落ちしている。


*「トランプ政権でこうなる! 日本経済 」
岩崎博充著、2016年12月刊。

彼は日本在住の経済ジャーナリスト。
この大統領選挙を取材ではなく資料や本から分析しているようです。
トランプが選ばれた背景を妥当な情報で分かりやすく解説している。
私の感じでは、中立的な立場で、トランプ政権の今後を占っている。
彼はトランプによって災いが起きることを恐れている。


*「なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか? 」
佐藤 則男著、2015年11月刊。

彼はニューヨーク在住40年を超えるジャーナリスト。
書かれたのが序盤戦(予備選)の時期なので切実感はないが、米国大統領選の裏表を見せてくれる。
また序盤でのトランプへの悪評とヒラリーへの嫌悪感がよく伝わってくる。
彼は共和党寄りです。


*「トランプ大統領とアメリカの真実」
副島隆彦著、2016年7月刊。

彼はアメリカ政治思想研究の第一人者と自称している。
大統領選が混沌としている中で、早々とトランプで決まりと発言している。
本は読んでいて面白い。
米国の政治思想史や支配層の人脈を縦横に駆使しながら大統領選を鮮やかに分析している。
陰謀説で、踏み込んで断定する割には、2017年2月20現在において、多くが外れている。
極端で眉唾ものと思って読む分にはよい。
なぜか、この手の本はアマゾンでは評価が高い・・・。


*「『闇の支配者』最後の日々」
ベンジャミン・フルフォード著、2016年4月刊。

彼はカナダ出身のジャーナリストで日本に帰化。
この本ではトランプは扱われていませんが、米国の裏側を知りたいと思って読みました。
日本、米国、世界を股にかける闇の支配者が出て来ます。
私には、真贋を検証する力がありませんので、途中で放棄しました。
これもアマゾンでは評価が高い・・・。


*「トランプ・シフト これからの世界経済に備える14のこと」
塚口直史著、2016年12月刊。

彼は大成功しているヘッジファンドマネージャーで、世界の政治史にも見識がある。
この本は、トランプ後の世界の経済・金融を理解するには必見です。
経済用語が出て来て読みづらいところはあるが、読めば世界の現状と混乱の広がる様子を知ることが出来ます。
日本のアベノミクス、日銀政策についても明快な判定を下しています。

彼は、現実に大きな資金を運用する立場にある為、この危機にあって、今は様子待ち(手元流動性を高め)を行い、しっかりと備えるべきと警鐘を鳴らしています。

私がトランプの次に恐れているのは、中国経済の崩壊ですが、これがトランプによって更に悪化するかもしれない。
世界の悲運は、政府の些細な判断ミスや外交ミスの積み重ねで訪れるものです。

これで終わります。


注釈1
既述の「トランプ大統領とアメリカの真実」


注釈2
「マイナス金利「税」で凍りつく日本経済」副島 隆彦 著。








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2017年02月18日

中東に平和を! 69: なぜ疲弊したのか 7: 帝国主義の時代背景 2

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前回、なぜ帝国主義が始まったのかを見ました。
しかし、何か大事なことが抜けている。



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何が抜けているのか
前回の説明では、1880年代から植民地獲得競争がなぜ始まったが分かり難い。
やはり西欧諸国に共通する動機があるはずで、やがてそれが二度の大戦へと繋がったように思える。

19世紀後半、西欧に起きていた重要な変化を挙げます。

A: 西欧からの資本輸出と移民が10年毎に倍増した。
例えば蒸気船の進歩が海上交通を発展させ、輸出額は毎年伸びていった。
また産業革命後、経済と科学技術が発展し、これによって英国とドイツなどの国力差が逆転し拡大した。

B: 既に景気後退が繰り返し生じていたが、ついに1873年から大不況が約20年間続いた。
これによって各国は保護貿易に転じ、また愛国主義の風潮が高まっていった。

C: まさにこの時期、「西欧は世界に優越し発展する」との思想が広まっていた。
彼らはダーウインの進化論を取り入れて、優れた西欧文明は適者生存により発展していると確信した。

D: 1884年、西欧14カ国がベルリン会議を開き、アフリカ分割のルールを決め、この後、植民地獲得競争が始まった。

当時、アフリカは熱病が蔓延する未開の地で、1割が西欧の植民地となっていただけであった。
そこで、植民地獲得に遅れをとっていた国(ベルギー)が参入しようとして衝突が起きた。
この争いを防ぐ為に、ルール「先に占領し支配した国が領有する」が定められた。
こうして競争が始まった。

これは前回の説明と重複するところもあるが、こうして見ると不思議な事に気づく。


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それは何か
それは前述のC,D項に現れている西欧の心性で、おそらく東アジアより強烈と思われます。

敢えて言うならば、それは西欧人の自信を通り越した優越感でしょうか。
キリスト教徒であり白人である彼らは異教徒や異なる人種を蔑んだ。
彼らは自分達の社会制度と異なるものは劣化か未発達だと捉えるところがある。

例えば、欧米は東京裁判において日本を「平和に対する罪」などで裁いた。
この罪は侵略戦争に対して言っているのですが、この60年前のベルリン会議で、欧米は侵略を合法化していたのです。
如何にも矛盾しています。注釈1.


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帝国主義の心性とは何か
帝国主義の時代、西欧が植民地で行った蛮行に通底しているのは、強烈な差別感情、蔑視でした。
これが植民地への搾取や支配への抵抗感を低くしたことでしょう。
もっとも、この心性は大日本帝国やナチスドイツのファシズムにも共通していたのですが。


その後、何が起きたのか
1914年、バルカン半島での一つの暗殺事件から第一次世界大戦が始まります。

植民地争奪では西欧各国は互いに大きな戦闘をすることはなかった。
しかし、植民地の獲得競争の中で、やがて大国の強欲と植民地の反発は爆発することになった。

この経緯を見て、帝国主義が内紛を抑えていたのか、はたまた世界大戦を準備していたのかは判断が別れます。
私は、後者の見方に立ちます。


次回に続きます。


注釈1.
この60年間の隔たりをどう見るのか。
それまでの西欧の激しい対立と戦争の歴史、特に二つの大戦の経験から、彼らは大いに反省し、自らも含めて侵略行為に制裁を科そうとしたのだろうか。
残念ながらそうは思えない。
米国による広島への原爆投下や、ベトナム戦争などから察すると、やはり欧米の異人種・異教徒への蔑視と復讐心は強烈で、自戒をあまり期待できないようです。

私は東京裁判の意義を認めるが、この心性に人類共通ではない特有の恐ろしさを見る。
しかし、この章では深く立ち入らない。


参考文献
帝国主義については下記図書を主に参考にしました。
「概説 世界経済史U」p176−191.
「早わかり 世界史」p254−259.
「世界の歴史 帝国の時代8」第二章。
「世界歴史地図」ムーア著、第9章。
「丸善エンサイクロペディア 大百科」p1778.
「帝国主義」アンドリュー・ポーター著。


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