2013年12月06日

病と医術の歴史 15: 古代イスラエル 1

1バビロニアへの第一次捕囚.jpg

< 紀元前6世紀、エルサレムは破壊され、バビロンに捕囚となる >

これから古代イスラエルの医術を見ていきます。
今回は、希有な歴史を持つ古代イスラエルを見ます。


2エリコの集落遺跡.jpg

< エリコの集落遺跡 >

何が希有なのか
この国は砂漠と海、エジプトとメソポタミアの古代文明に挟まれていた。
その両古代文明から世界宗教は生まれなかったが、小さなこの地からユダヤ教、キリスト教が誕生した。
中国とインドの古代文明は世界宗教を生みだした。
さらに一民族が故郷を失い、2000年間も世界を放浪し、再びパレスチナの地に建国を成し遂げた。
実に驚異的なユダヤ民族であり、国であった。

3オリエント交易路.jpg

< レバントの交易ルート >

この地に何があったのか
人類が最初に農耕牧畜を行い、村を作ったのは、オリエントの丘陵部でした。
その最も古いものがパレスチナのエリコで、それは紀元前1万年前まで遡る。
その後、パレスチナの沿岸部はエジプトが海上交易する寄港地となった。
さらに北のフェニキア(現レバノン)は、メソポタミアが地中海に出る拠点となった。
こうして、このレバントは交易で栄え、幾多の民族が往来する所となった。

エジプトの象形文字から派生し、シナイ半島とカナンの地で生まれた文字は、紀元前15世紀頃、交易で栄えたレバント(地中海東部沿岸地方)を中心にメソポタミアに普及した。
今日のアルファベットのほとんどはこの文字から派生した。


4eアッシリア地図.jpg

< アッシリアが巨大帝国に成長 >

この小国は大地溝帯の尾根と砂漠で囲まれていたことにより、拮抗する両大国に翻弄されながらも生き残ることが出来た。
しかしエジプトの国力が衰えた紀元前8世紀には、メソポタミアによって徹底的な破壊を受け、ユダヤ人の離散が始まった。
さらに1世紀、ローマ帝国はユダヤの反乱を制圧し、ユダヤ人とキリスト教徒は西方に離散していった。
こうして輝かしいソロモン帝国(紀元前1千年)の偉業は跡形もなく消え去った。

5BC830パレスチナ.jpg

< 紀元前830年代のレバントの勢力図:イスラエル王国とユダヤ王国に分裂。死海の上にエリコ。 >

何が残ったのか
パレスチナの地は、度重なる侵略を受け、残ったのは廃墟とユダヤ教だけとなった。
古代より、ユダヤ人はその文化と言語を武器にオリエントで活躍し、やがてヨーロッパに活路を見出すことになる。
パレスチナを追われたキリスト教は、シリア、ギリシャからローマに活路を見出した。
先行していたユダヤ教徒は、頑なに教義を遵守したこともあり、やがてキリスト教徒と明暗を分けることになる。
そして旧約聖書と新約聖書が、古代イスラエルの歴史と文化を語るものになって残った。



ラベル:社会 文化
posted by 学 at 09:49| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載中 病と医術の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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